遥かなる人へ



小覇王の凱旋に、孫呉の面々は卒倒する勢いで驚いていた。
門兵達は困惑しつつ孫策を足止めしたが、傍らに寄り添う小春の姿を見ると、畏まって道をあける。


「十年か…そんなに過ぎちまったんだな。皆、俺を化け物か何かのように見やがる」


寂しそうに呟く孫策にかける言葉も無い。
悠生もまた、不安を覚えずにはいられなかった。
現在、呉帝である孫権が、現世に蘇った孫策の存在を認めなければ、この孫策は居場所を失ってしまうのだ。
それはとても、恐ろしいことであった。


「小春!」

「母上…?」


此方へ投げかけられた若い女性の声に、大袈裟にも思えるほど過剰に反応し、素早く背を向けたのは孫策だった。
その心中を察することは悠生には難しかったが、きっと、気恥ずかしくなったのだろう。
見れば、悠生の記憶よりもずっと大人びた姿をした大喬が駆け寄ってくる。
どうやら彼女は小春しか見えていない様子で、目に涙を溜め、強く愛娘を抱き締めていた。


「心配したのですよ…!無事で良かった…」

「母上…申し訳ございません…、小春には傷一つありませぬ。黄悠さまと、…父上にお救いしていただきました」

「何を言うのです…あなたの父は…」


そこで漸く、孫策と大喬の視線が交わった。
照れくさそうに笑む孫策の姿を、零れ落ちそうな黒い瞳がとらえた。
真っ赤な唇と、細い肢体が震えている。
そして少女の頃に戻った大喬が、破顔する。


「ああ…孫策さま…!」

「おう、今帰ったぜ!大喬、苦労をかけたな」


そんな言葉だけで、通じてしまうものだ。
大喬の心は、今も孫策のものなのだろう。
ひしと抱き合う二人を見る小春も、本当に幸せそうだった。

…遠呂智の降臨によって生まれるものは、悲しみだけだと思っていた。
確かに、異様な光景かもしれない。
それでも、彼らの幸せが少しでも長続きすることを…、悠生は願わずにはいられなかったのだ。


騒ぎを聞きつけ集まってきた旧臣達は、意外にもすぐに事態を受け入れた。
悠生は些か不思議に思ったが、その場に登場した孫権や尚香の言葉に、違和感の訳を知ることとなる。


「兄上、お久しゅうございます」

「権、あまり驚いていないようだが、俺以外にも冥土から蘇った奴がいるんだな?」

「ええ。父上が、合肥にて姿を目撃されております。しかも異形の輩と交戦中とのこと。周瑜が甘寧を始めとした若い将を引き連れ、救援に向かいました」


孫権は拱手し、兄との久々の再会を喜ぶ暇も無いのか、淡々と事の次第を説明した。
既に孫権の元には、何年も前に亡くなったはずの孫堅の復活の報が届いていたようだ。
そして、合肥の戦い…、
悠生の頭にぱっと思い浮かんだのは、魔王再臨の遠呂智軍のシナリオだ。
この戦に負け、孫呉は遠呂智の属国となり、戦場に散った甘寧や凌統は行方不明となる。

悠生の望みは、阿斗が待つ蜀への帰還である。
だがそれも、結局は、平和な世を取り戻さなければ意味が無いのだ。
最終的に、人間は力を合わせて遠呂智に挑み、勝利するが…、用意されていた物語と比べ、微妙に道がズレている事実を無視することも出来ない。


 

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