凍った涙



(咲良ちゃん、ごめんね…悲しまないでね…)


この世界の何処かに生きているはずの姉に、許しを請う。
弟を誰より可愛がってくれた姉のことだ、きっと許してはくれないだろうが。
最後に、咲良の笑顔が見たかった。
それこそ、叶うことのない願いとなってしまったけれど。

そのとき、ガンッ、と外の扉が蹴られる。
荒々しく乱暴に、賊がドアをぶち破ろうとしているのだ。
放心する悠生は、危機感を抱くこともままならず、他人ごとのように考えていた。
美雪の死を目の当たりにしても、同じように、自分にも死が迫っていることを理解出来ずにいた。

コツコツ、と足音が徐々に近づいてくる。
悠生は目を閉じ、美雪の手をぎゅっと、力を込めて握った。


「……此方に来なさい。警戒しないで。私は敵じゃない。あなたを助けにきただけ。もう、大丈夫だから…」


意外なことに、静かな部屋に響いたのは、若い女性の声だった。
はっと夢から覚めたような感覚だった。
てっきり、このまま殺されてしまうかと思ったのに、声の主は子供を怯えさせないようにと慎重になっている。
だが、悠生は俯いたままで、首を横に振った。
美雪の手を離す訳にはいかなかった。


「あなたは…生きなければ駄目。此処に居ては、要らぬ怪我をしてしまうわ。私はあなたに危害を加えたりしない。信じて」

「…お姉ちゃんが…」

「彼女が…あなたの死を望むと思う?」


…そんなこと。
実子と変わらないほど深い愛情を与えてくれた美雪が、悠生の不幸を望むはずがないだろう。
美雪は死に際、悠生に指輪を託した。
私がいなくても、この指輪と共にこれからを、未来を生きてほしいと願った。
…だから、そんな分かりきったことに、改めて答える必要もない。


「来なさい。早く」

「…いやだ」

「聞き分けの無い子供は嫌いよ」


動く気の無い悠生に苛立ち、急いている彼女は半ば強引に手を引っ張った。
憔悴しきっていた悠生だが、初めて女性の顔を目にして、息が詰まりそうになった。

艶やかな黒髪、切れ筋の瞳…、美しい容姿。
戦人に混じって槍を奮う、誇り高き少女。
劉備の義弟・張飛の娘であり、そして多分、阿斗が一途に想っている人。


(せいさい…だ…)


星彩は全く表情を変えず、抜け殻のように呆然としている悠生の手を握り、連れだそうとする。
あまりに強く引っ張られたため転びそうになるが、彼女は容赦なく力を込める。
繋いだ手を離したら、再び美雪の元へ戻ってしまうと思ったのだろうか。


 

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