微笑む乙女



「此処は危険なのです!わたしがこれから、安全な場所にお連れします」

「え!?」

「実は…、わたしも今朝目覚めたばかりで事態を把握していないのですが、城の周辺が敵衆に囲まれているようなのです。この建物は設備も乏しく、壁一枚隔てれば外へと通じてしまいます。ですから此処に居てはなりません」


知らなかった。
この捕虜をもてなし続けた牢獄は、限りなく城下町に近かったのだ。
簡単に敵衆が侵入出来る距離にあるという、ならば此方から逃げることだって可能だったかもしれない、今更だが。

それよりも気にするべきは敵についてだった。
小春が言う、城を取り囲んだ敵が遠呂智の配下だとしたら?
いや、それ以外考えられない。
今日こそが待ち望んだ吉日なのだろうか。
つまり、この機会を逃せば二度と脱走は叶わない。


「でも、小春さまがどうして…?危ないじゃないですか。もっと、他の人に頼むとか…」

「…黙って抜け出して来たのです。黄悠さまは捕虜の身…きっとお部屋にとどまられていると。誰かに命ずることなど出来ませんでした」


小春の後に続き、既に無人となった廊下を歩く。
お姫様自らが、この緊急事態にたったひとりで出歩くなど不用心ではないか。
しかし、此処に来るまでに身を隠すことなど出来ず、小春を追ってきた護衛達が入り口付近で待っているのだそうだ。

この時点では、悠生は逃げ出すことばかりを考えていた。
小春の目を盗み、外へ向かって走り出す瞬間をうかがっていた。
だが…その計画も、目の前に広がる無残な光景に打ち砕かれてしまった。


「な…なんてこと!」

「ひっ…」


辺り一面が、真っ赤な血にまみれていたのだ。
其処に転がっていたのは、先程まで人間だったであろう…肉の塊だった。
敵が…、こんなにも近くまで迫っていたのだ。
遺体であると認識した悠生は、胃液が喉元までせり上がってくるのを感じる。
しかし、呑気に吐いてもいられない。

立ち尽くしてぶるぶる震えている小春の前で、自分が取り乱したら彼女はどうなる?
捕虜を救いにやって来たお姫様を放置し、一人で逃げ出すことなど出来なかった。
はあ、と息を吐いて呼吸を整える。
此処には守ってくれる人が居ないのだから、意識を強く持たなければならない。

その時、物陰から飛び出して来たのは…まさに無双OROCHIで目にしていた、灰色の肌をした遠呂智軍の兵だった。
子供二人を目にしたその兵は、にやりと嫌らしい笑みを浮かべゆっくりと近付いてくる。


 

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