戦士の予感



阿斗が自ら民の家に乗り込んで行けば、それこそ止めに入ったはずだ、ならば自分が行くしかないのだろう。
長閑な村ではあれ、阿斗を一人にするのは不安である。
趙雲は早急に用事を済ませて阿斗を城へ連れ帰ろうと、巨木の下の家を目指した。


「すみません、少々お尋ねしたいことがあるのですが…」

「はい?貴方は…どちら様でしょうか…?」


庭で洗濯物を干している若い女性に声をかけたのは良いが、彼女は見知らぬ趙雲を警戒しているようだった。
怪しい者だと思われてはたまらないが、此処で引き下がる訳にもいかない。

だが趙雲とて、そう簡単に名乗る訳にはいかないのだ。
趙雲という男は、長坂の地にて劉備の子を単騎駆けで救い出した、言わば英雄として世に知られている。
そのような人間が何故?と彼女を困惑させ、騒ぎになってしまえば、自分を信頼して阿斗を連れ戻す任を与えた諸葛亮や劉備に面目が立たない。


「私は子龍と申す者ですが、悠生殿という方に用がありお訪ねしました。預かり物があるのです」

「まあ!悠生に?と言うことは、届け主様は悠生の身内の方なのですか?」

「え?」


字を名乗り、用件を伝えたが、彼女の反応は意外なものだった。
首を傾げる趙雲を見て、女性はぬか喜びしたことに気付き、残念そうに眉を寄せる。


「私は美雪と申します。悠生は熱を出し寝込んでいるのです。宜しければ、私から悠生に渡しておきますが」

「ああ、それならば、お願い致します」


彼女、美雪は届け主が身内であるかと尋ねた。
つまり悠生は、この家、村の者ではなく、さらに美雪は悠生の本当の家族の顔も知らないで、他人の子を預かっている…、そういうことになる。
美雪は趙雲が考え事をしている間の短い沈黙を気にしてか、悠生の身の上話を静かに語り始めた。


「ひと月ほど前、付近の森に倒れていた悠生を見付けまして…身寄りが無いということなので、引き取ることに決めたのです」

「そうだったのですか…」

「不憫な子ですわ…あの子は眠りに付くと、涙を流しながら、何度も同じ名を呟くのです。きっと、訳あって家族と離れ離れになってしまったのでしょう…」


胸に手を当てた美雪は、悠生の苦しみを思ってか、神妙な面持ちで俯いた。
家族と引き離され、行き倒れていた…乱世では珍しくないことではあるが、確かに、哀れであろう。
だがそれだけでは、阿斗がわざわざ彼に菓子を届けようとした理由にはならない。
一緒に頼まれた言伝、証拠の品…の意味も、趙雲には全く分からない。

子供同士の問題に大人が口を挟む権利は無いが、趙雲の知る限り、阿斗には年の近い友達がいなかった。
やんちゃが過ぎるため、一人で城から出ることを禁じられていたからだ。
護衛付きで出掛ければ、民はどうしても萎縮してしまう。
それでは友など出来るはずがない。
阿斗は友人を欲しがっているようには見えなかったが…常に傍に居ながら、本心に気付くことが出来なかったのだろうか。


 

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