凍った涙



「美雪さん…っ、ねえ、医者のおじさんのところに行こう?そうだ、僕、呼んでくるから!だから美雪さんは此処で…」

「駄目よ。外は危ないわ…」

「やだよ!美雪さんが死んじゃう!」

「ああ…悠生…」


どうしたらいい?いくら考えても、どうしようもなかった。
いずれ、この家にも火の手が回るだろう。
それか、賊が侵入し…、斬られてしまうのだ。


「大丈夫よ…私が、守ってあげるわ。あの人と約束したもの…」


徐々に冷たくなっていく美雪の腕の中で、悠生はひたすら嗚咽を堪えた。
美雪はかろうじて意識をつなぎ止めているようで、悠生がもたれかかる彼女を支えなければ、崩れ落ちてしまいそうだ。
大切な人の死を、触れられるほど間近に感じ取り、背筋が凍るような恐怖と悲しみを覚える。
声をあげて泣きたかったけれど、美雪を心配させてしまうからと、我慢した。


(こんなの無双じゃない…!何で美雪さんが酷い目にあわなくちゃならないんだよ!)


大好きな、無双という世界。
それがこれほどまでに残酷な世界だったとは。

テレビの向こう側、死した人は跡形もなく消えてしまう。
それは、非現実…作られた世界だったから。
しかし今、無双の世界は現実となった。
つまり、美雪は死んだら冷たくなって、もう二度と、笑顔を見せてくれなくなるのだ。


(バグは…僕は、死んだら消えちゃうのかな)


血まみれの美雪の手が、悠生の頬をそっと撫でる。
もう…、声も出せないのだ。
彼女は眼差しとその指先だけで、悠生に想いを伝えようとしていた。

美雪の指には、緑色の小さな石が光る…指輪がはめてあった。
彼女がずっと、大切にしていた宝物だ。
時おり寂しそうに指輪を眺める美雪の姿を、悠生はよく覚えていた。
何よりも大事なものだから、賊にも奪われないよう、守り通したのだろう。


「僕に…くれるの?」


指輪をはめた指先を、悠生の胸に押し付けた美雪は、静かに笑った。
大切にしてね…、と美雪の声が聞こえたような気がして、悠生は小さく頷いた。

じきに、この家も炎に包まれるはずだ。
だが、悠生は逃げ出そうとしなかった。
眠るように瞳を閉じた美雪を寝台に横たえ、更に冷たくなった彼女の手を握り締めた。


「美雪…お姉ちゃん…」


悠生は初めて、美雪を姉と呼んだ。
乾いた声は喉に張り付き、上手く音にならなかった。
死んでしまったのだ。
もう、美雪は此処にいない。
名前だって、呼んでもらえないのだ。

咲良を彷彿させる優しさで包んでくれた、あたたかな女性だった。
心を許すことは出来ても、美雪に甘えてしまえば、咲良の存在が消えてしまいそうで怖かったから…、"お姉ちゃん"とは呼べなかった。

だけど、今となっては、どうでもいい。
行き倒れた自分に手を差し伸べ、守ってくれた美雪を置いて一人で逃げるなんて、出来ない。


 

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