盲目の少年



「劉備殿、なりません」

「趙雲…私は、もう誰も娶りたくないのだ。阿斗を失えばいったい誰が私の意志を継ぎ、蜀の象徴となる?諸葛亮か、お前か?どちらも違うだろう。どうか…分かってくれ」


何が義だ、徳だ。
その先に待つ泰平のためならば、目前の命を蔑ろにして良いものか。
矛盾は不快で、周りに持ち上げられ強引にも正当化される父の偽善が、大嫌いだった。

その儚げな笑みを最後に、劉備は果敢に敵中へ突っ込んでいく。
一太刀で数人を絶命させる、その強さ。
戦いたくはない、だが、戦わねば平穏な未来は望めない。
罪を被ることも厭わず、劉備は悲しくも気丈に生きるのだ。
妻を失おうとも、息子に恨まれようとも。
この心の貧しい時代を、自分達の世代で終わらせるために。


「子龍…、子龍!私は…何も知らなかった…知ろうともしなかった!父上はあれほどまで、私のためを、想っていてくださったのだな…」

「…阿斗様。今は生きることだけをお考えください。劉備殿や夫人のために。そして、悠生殿のために」

「悠生…」


愛しい、友。
阿斗の友となるべくやって来た、誰よりも掛け替えのない人。
悠生は、全てを見捨て生き長らえた蜀の世継ぎをどう思うだろうか。
馬鹿者と貶すだろうか、弱虫で情けない奴だと笑うだろうか、


(落ちた私の評判を耳にし、哀れだと泣くのだろう)


それでも、どのような未来が待っていようと、悠生は自分の元へ戻ってくる、阿斗には不思議と確信があった。
ならば決して、惨めな想いはさせない。

阿斗は趙雲に与えられた青紅の剣を手にした阿斗は、趙雲の静止を振り切って踵を返した。
目指すは、一人で敵を押しとどめようとする劉備の元だ。
父を置いて逃げ出すことは、阿斗の自尊心が許さなかった。
劉備を救い出し、いつか、孫呉との関係を再び良好に出来たら…、劉備の傍らで尚香が微笑むことの出来る日を取り戻したいと、阿斗はこの異様な状況下で夢のようなことを考えていた。


(その時はきっと、私の隣には悠生が笑っている)


「阿斗様!!おやめください!!」


世界は絶望に埋め尽くされ、闇に染まる。
だが、未来は決して悲しいだけではない。
消え行く意識の中で生まれもたのは、【自分が幸福になれる世界を作りたい】という目標であった。
その理想は、やはり自分勝手ではあるものの、自らが君主となる重荷と得られる糧を、阿斗は初めて我が身に感じた。



END

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