盲目の少年



鎧を身に纏う趙雲が迎えに来て、険しい顔で劉備や諸葛亮と言葉を交わしている。
敵方の様子を知るため、前線に赴いたのだろう、趙雲の頬には微かな切り傷があった。


「阿斗様。さあ、参りましょう」

「ああ…」


先程、劉備に殴られた痕を趙雲には知られまいと俯く阿斗だが、彼には隠し通せないだろう。
すると、趙雲は何を思ったか、阿斗の手に剣を握らせた。
これは…改めて尋ねずとも分かる。
――青紅の剣。
かつて、長坂で…戦場に置き去りにされた阿斗をたった一人で捜していた趙雲が、夏侯恩を撃破した際、手に入れたという天下の宝剣だ。
趙雲ほどの猛者でなければ、扱うことも出来ない。


「もしもの時は、これが阿斗様をお守りしてくれましょう」

「だが、子龍は」

「私のことはお気になさらずに。敵などこの槍で追い払ってみせましょう」


優しく強く、趙雲は眩しい。
全てを兼ね揃えた人間は、珍しくあれども他に居ないとは限らない。
長坂での勇姿を記憶せずとも、阿斗は趙雲こそが本物の英雄と呼ぶにふさわしい男だと思っている。
…この男だから、悠生も惹かれたのだ。

阿斗は鼻がつんとし始めたことに気付き、慌てて趙雲に背を向け、剣を腰におさめた。
ありがとうと、小さな小さな声で呟けば、趙雲はたいそう嬉しそうに、どう致しましてと返した。



━━━━━



真夜中に城を抜け、ついに、夜が明けた。
成都の街は、無残にも荒れ果てていた。
地震のせいだけではない、倒壊した家屋、焼かれた田畑、痛々しく負傷した民達。

それらを横目に、阿斗と劉備は趙雲率いる少数の部隊に連れられ、今にも成都を脱しようとしていた。
国境を越え、今は安全な山中に身を隠し、遠くへ逃亡するしか生き残る術はない。
まだまだ、余震は続いている。
その度に追っ手が近付き、護衛の数も見る見るうちに減っていく。
だが、逃げることさえままらなくなった。

趙雲が足を止め、仁王立つ。
その後ろ姿は、阿斗の脳裏に焼き付いた。


「劉備殿、申し訳ありません。直ぐ追いかけますので、阿斗様と…」

「ならぬ!趙雲、お前が阿斗を連れて逃げるのだ。此処は私が、刀を抜こう」


一国の主が、何を言い出すのかと思えば。
しかしそれは趙雲を、家臣を思っての言葉ではなく…、息子の無事を願うものであった。
昨日までの自分なら、戯れ言としか受け取れなかっただろう。

阿斗は痛みの引いた頬を押さえる。
父は何故、怒ったのか。
矛盾を言い当てられ、恥をかかされたからではなかったのか。


 

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