凍った涙




…このまま、ずっと。
豪勢な暮らしを望んでいる訳ではない。
普通に生活するには、十分すぎる環境を与えられている。

だから、これで良いのだ、と思うことにした。
姉に似た美雪の傍で、優しさに包まれて。
いつか、バグが消滅する日が来るまで、無双の世界で日々を過ごしていくものだと、悠生は信じて疑わなかった。




掛布にくるまって眠っていた悠生は、扉の開く鈍い音に目を覚ました。
村人の誰もが眠っているはずの真夜中は、いつもなら、静けさに包まれているはずだった。
体を起こし、寝ぼけ眼で暗闇の奥を見れば、いつもの微笑みを携える美雪が居た。


「美雪さん…?どうしたの?」

「悠生…よく聞いてね。決して諦めてないで。きっとあなたは助かるわ…だって…私はそのために…」

「え?なに…っ?なにがあったの?」


覚束ない足取りで、よろよろと寝台まで近付いた美雪は、半ば倒れ込むようにして悠生を強く抱き締めた。
その際、いつものような柔らかい香りはせず、変わりに…鉄のにおいがした。
美雪の腕にどろりと滑る、赤いもの。
生々しいそれが、傷を負った美雪の血であることに、気付かないはずがなかった。


「血……?美雪さん、怪我してるよ!?」

「大丈夫。大丈夫よ…」


これほど出血しているのに、大丈夫なはずがあるものか。
彼女の呼吸は荒く、速まった鼓動と共に美雪の苦しみが伝わる。
ただ事じゃない、何か大変なことが起きたのだと悠生は混乱の極みの中で推測する。

ぼたぼたと寝台に滴る、美雪の血液。
彼女はどこを怪我しているのか判断出来ないほど、全身が赤く染まっていた。


(まさか、そんなことって……!)


意識を集中させて耳を澄ませば、遠くから物騒な音が聞こえてくる。
逃げ惑う村人の悲鳴と断末魔、火災も発生しているのか、建造物が崩れる激しい音が響く。
すぐに、理解した。
悠生が眠っている間に、何者かに、村が襲われていたのだ。

悔しくて、ぎり、と唇を噛みしめた。
皮が裂け、血が滲む。
美雪はこれの何倍もの痛みを感じている。
どうしてもっと早く気付かなかった!
敵に対抗することは出来ずとも、美雪を連れて逃げることぐらい出来ただろうに。


 

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