心は憧れ



趙雲は悠生の怯えを含む反応に驚いたようで、暫し黙り込んでいたが、ふっと息を吐き…そして、笑った。
だが悠生は、趙雲の微笑みを見ても、胸をずきずきと痛ませるばかりだった。


「私は…怒らないよ。呆れたりもしない。貴方はそういう人間なのだと知っている」

「趙雲どの……」

「他に不安があるなら言いなさい。私は、貴方のためならば、尊い時間でさえ惜しまない」


そっと滑るように、趙雲の手が触れた。
槍を握って戦う、人の命を奪う手、でも、趙雲という人は残酷な悪魔じゃない。
すん、と鼻をすする。
泣いてしまいそうだった。
これほど優しくあたたかな手で触れてくる人を、どうして怖いと思ったのだろう。


「僕は…、趙雲どののこと、誰よりも尊敬しています。でも、今日はおかしい…趙雲どのが…怖いと思ったんです…」

「怖い?私が…かい?」

「…分かりません。でも、僕の知っている趙雲どのと違うような気がして…、ちょっとだけ、怖かったんです」


それが悠生の素直な気持ちだった。
いつもゲームで目にしていた趙雲とは何かが違う。
どうしても、胸の動悸がおさまらないのだ。
耳に慣れたはずの彼の声を聞いているだけで、どんどん息が苦しくなっていくのだから、悠生には、怖いことにしか感じられなかった。

趙雲は何か思うことがあるようで、困ったように眉を寄せていた。
「すまなかった」と謝罪の言葉と共に溜め息を漏らすから、悠生は謝れた意味も分からず、首を傾げる。


「…以後、気を付けることにしよう」

「何をですか?」

「いや…、気色が悪かっただろう?貴方を怖がらせてしまったのだから。すまなかった」

「そ、そんなことは…!」


それは違う、と悠生は慌てて否定しようとしたのだが、趙雲は自分だけ納得し、再び悠生を寝かしつけようと髪を撫でるのだ。
長年阿斗の世話をしていただけのことはある、趙雲の大きな手は心地よく、眠りを誘う。


(…気持ちいい…)


誤解されたままではあるが、趙雲は何も気にしていないようだし、悠生自身、襲い来る睡魔には勝てず…、ゆっくりと目を閉じるのだった。
気色が悪いだなんて、思うはずがない。
…趙雲の囁く声に胸をときめかせてしまった事実には、いつまでも気が付かないのだ。



END

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