迷える者の囁き



「私はかつて、美雪という娘に指輪を与えた。これから先、私の役に立ってもらうと、戒めの意味を込めて…な。元より、あの女は仙界に縁のある者だった」

「え…、じゃあ、僕をこっちの世界に連れてきたのは…!」

「いいや、それは私でも、美雪でもない。語らずとも、いずれ明らかになろう」


太公望は悠生が異世界の人間であると、最初から知っていたのだ。
そして恐らく…美雪も同じくして。
いつか、咲良と共にテレビを飛び越えて無双の中へ、召還されることも、想定内だったのかもしれない。
すると、無双というもの、この世界が作られた紛い物の現実であることも、仙人達の間では周知の事実であったのだろうか。

だが、それほど深刻な問題では無い。
太公望は複雑かもしれないけれど、此方で生きる人々にとっては、無双の世界が現実なのだから。


「美雪は、貴公達を引き寄せた"ある者"の魂を分け与えられ生まれし人間だった。つまり、美雪には利用価値があった。私には、この世に貴公を迎え入れるためだけに生まれた女に思える」

「そんなこと…言わないでください…美雪さんは義務感で僕を助けたんじゃありません。だって、本当に優しかったのに…」

「私は判断を誤ったとは思っていない。美雪は死に際、己の力の全てを翡翠玉に込め、貴公に託した。それだけではない、美雪、そして樊城に散った軍神の子と将兵等の御霊が集結したのだ。貴公の幸せを祈るあまり、天に召されることを拒んでいる」


悠生は改めて、指先の痕を見つめた。
闇の中でもくっきりと浮かび上がる。
太公望が美雪に渡したという指輪…、最後にそれを持っていた関平が、皆を引き連れて悠生の指先に指輪をはめたのだろうか。

複雑な想いはあれ、ふっと、自然と笑顔になれた。
姿は見えなくても、ずっと傍に居てくれたのだ。
あの弓矢は…悠生を守るための力。
だがきっと、誰かを守るための力にもなる。


「ありがとうございます…美雪さんに出逢わせてくれて。僕は本当に幸せでした」

「…私に礼など言う必要は無い。仙人とは、人間に深入りしてはならないのものだ。ゆえに、私は影で見物することにしよう。貴公が言う、無双の者がいったいどのようにして、悪に打ち勝つのかを見届けるために」


理由が、あるはずだ。
生きていく、理由が。
何か成すべき使命がある、だから自分はこうして存在しているのだ。
無双の世界へいなざわれたその意味を知る権利を、欲してもかまわないだろう?


 

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