心から心へと
「…確かに俺は…孫権様が大事ですが…落涙様のことは…孫権様以上に…愛して…」
「あい…っ…」
「……、俺は落涙様を…愛しています…」
…愛している、と。
恥ずかしくて簡単には口に出来ない台詞を、周泰は躊躇いながらも言ってのけた。
口数が少ない男の発した愛の言葉ゆえに、物凄く価値があるものに思えた。
それこそが周泰の本音なのだろう。
孫権と咲良…どちらかを選ぶことは出来ない、だけど想う気持ちはそれぞれ、忠誠と愛情であり、異なっているのだと。
名誉なことだ。
咲良が将軍の妻となり、嫡男の生母となれば、この世界の歴史には落涙の名が刻まれるかもしれない。
だが、姉は名誉など欲していない。
悠生には咲良の想いが分かるのだ。
本名を隠し、落涙という偽称を用いて生きていた姉の願いは、無双の世界を脱出して、悠生との幸せな暮らしを取り戻すことではないのだろうか?
(でも…、こんなにさ…真剣になってくれているんだよ)
許してあげること、それも一種の勇気であり、優しさだ。
信じることは何よりも勇気が必要なのだと、悠生は周泰の真摯な眼差しを見て、そんなふうに思った。
ならば、咲良の幸せを願おう。
世界に祝福されることを、そして落涙の名のように、咲良の涙がいつも清らかであることを。
「じゃあ、いっぱい…笑ってくださいね」
「…笑う…俺が…?」
「周泰どのが笑ったら、お姉ちゃんは嬉しくなると思います。だから、いつも笑顔でいてあげてください」
自分に、とやかく言う資格は無い。
全ては咲良が決めること。
咲良が良いと言うなら、彼女が選んだことならば、悠生にはただ行く末を見守ることしか出来ないのだから。
「…努力は…いたしますが…」
「大変かもしれないですけど…頑張ってくださいね?僕も、周泰どのに笑っていてほしいです」
「……、黄悠殿…貴方も俺の邸で…共に暮らしませんか…?」
え、と思わず周泰の顔を凝視してしまった。
共に暮らさないか、と彼は言ったのだ。
周泰は冗談など言わないし…目が本気だった。
姉と周泰が結婚したら、必然的に義兄と義弟の関係になる訳だ。
だから、悠生が周泰の家に厄介になっても何ら問題は無いのだろうが…それでは、嫌でも咲良と顔を合わせなければならない(嫌なのではないが)。
ゆっくりと、首を横に振った。
周泰だって聞かされているはずだ、実姉の存在を知っていながらも、捕虜が頑なに孫呉へ降ることを拒んでいる事実を。
彼にその理由は話していないが、何となく…分かってくれたような気がする。
「ありがとうございます。そのお言葉だけで、僕は幸せですから」
「……、」
僕はもう、大丈夫だから。
だから…、お姉ちゃんを三国一の幸せ者にしてあげてください。
大好きだった無双の世界を、大嫌いなんて思うことが無くなるように。
END
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