凍った涙



急ぎ趙雲が赴く先は、諸葛亮の執務室だった。
劉備が三顧の礼にて招いた、優れた軍師である彼は、蜀の随一の知恵者である。
あらゆる情報、伝達や報告などはまず、諸葛亮の元へ届けられる。

この異様な違和感が気のせいであることを願った趙雲は、阿斗には部屋で待つように言いつけたのだが…、素直に聞き入れてもらえるはずがない。
ただ事では無いと察した阿斗は、趙雲の後を追い越し、ずかずかと諸葛亮の執務室に足を踏み入れた。


「これは…、よくいらしてくださいました阿斗様。趙雲殿も…」

「諸葛亮殿、下が騒がしいようですが、何かあったのでしょうか?」

「ええ。先程、報告を受けたばかりです。阿斗様…貴方様がお忍びでよく訪ねられていたかの村が、賊に襲われたと…」

「なんだと…!?諸葛亮、それはまことか!?」


神妙な顔付きで、無言で頷く諸葛亮に、阿斗は言葉を失った。
趙雲の言いようのない不安は、最悪な形で的中してしまったのだ。
だが、悠生…、彼の暮らす村が襲われたなどと、そこまで予想出来るはずがなかった。

酷く衝撃を受けたらしい阿斗は、諸葛亮を見つめたまま硬直し、瞬きさえ忘れている。
やはり、彼を部屋から出すべきではなかった。
ただひたすらに悠生を求めていた阿斗の心を、深く傷付けることとなってしまった。


「ですが、ご安心ください。只今指示を出し、救援に向かわせたところです」

「っ……、」


物腰柔らかに…、諸葛亮は阿斗の純粋なまでの心を知ってか知らずか、はっきりと絶望を突き付けた。
勝手に城を抜け出していた阿斗に呆れた諸葛亮の、皮肉とも受け取れる内容だ。


「ふざけるな!あの村が襲われただと!?何故だ…もしもあやつの身に何かあったら、私は…!」


阿斗は激しく憤り、唇をわななかせる。
諸葛亮に詰め寄っても意味が無い、阿斗も重々承知しているはずだ。
だが、言わずにはいられなかったのだろう…阿斗の胸の内を思えば、同情せずにはいられなかった。

城から兵を派遣したところで、多くの犠牲者が出ることは間違い無い。
男は無惨にも殺され、女子供は弄ばれ、口に出来ぬほど酷い目に遭わされる。
悠生は見るからに弱々しく、無力な少年だっだ。
そして、その大人しさ故に少女のようにも見えてしまう。
…想像した最悪の事態が現実のものとなれば、阿斗は発狂してしまうのではないか。


「阿斗様…私が様子を見に行きましょう。必ず、悠生殿を無事に連れて参ります」

「子龍、行ってくれるか!…ああ、必ずだ。悠生を頼んだぞ…!」


出会って間もないはずなのに、まるで愛しい人の身を案じているかのようだ。
微笑ましい…だが、限りなく危うく、切なく思う。
必ず連れて帰ると繰り返す趙雲と、苦しげに俯く阿斗を、諸葛亮が羽扇で口元を隠しながら、興味深そうに盗み見ていた。



 

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