心から心へと



尚香の柔らかな微笑みを見て、悠生はふと小春のことを思い出した。
陸遜に、マサムネの元へ連れて行ってもらったあの日…、いつも冷静なはずの陸遜が血相を変えていたのだ。
小春の身に何かがあったに違いないと思いつつ、理由を知ることは出来なかった。


「あの…小春さまって、」

「小春?そう言えばあなた達顔を合わせたのよね。あの娘、可愛いでしょう?」


うっ、と悠生は言葉を詰まらせてしまう。
確かに小春は二喬によく似て美しい娘だと思うが、年の近い彼女が陸遜に嫁ぐと思うと少し複雑な気持ちになるのだ。
親子ほど歳が離れた、しかも故郷から遥かに遠い蜀の劉備に嫁がされた尚香に比べたら、小春はまだ恵まれているかもしれない。
だが、あのように幼い少女でさえ、家と家を結ぶための、言うなれば道具となってしまうのである。


「今はね…体調が思わしくないみたいなの。でも大丈夫よ?きっとすぐに元気になるわ」


流行り病に倒れたのか、小春の容態は教えてもらえなかったが、陸遜が取り乱していた理由を知ることが出来た。
尚香はやはり明るく語るが、心配である。
あの幼い姫様は、落涙を慕っている…、咲良もきっと、小春を想い胸を痛めていることだろう。

その時、がたっ、と扉の向こうで妙な音が鳴り響いた。
見張りが交代するだけならば、わざわざ扉に触れる必要は無いのだ。
何かしら…と呟いた尚香は、音の正体を確かめるために立ち上がり、扉の方へ近寄った。


「え…なに…?どうして此処に来たの?」

「……、」


尚香の反応からして、物音を立てた人物は彼女の知る存在のようだ。
相手はぼそぼそと喋っているのか、返答の言葉が全く耳に届かない。
悠生は入り口に視線を送るが、位置が悪く訪問者の姿は見えなかった。


「ちょっと待ちなさいよ…黄悠は具合が悪いんだから。それに、今あなたに会ったら…」

「尚香さま。僕に…お客さんですか?」

「黄悠…、そうなんだけど…」


苦虫を噛み潰したような、尚香は苦しそうな顔で訪問者を押しとどめているのだ。
確かに気分は悪く本調子ではないが、せっかく訪ねてくれた人を追い返すのは申し訳ないし、勿体無いような気がする。


「やっぱりダメよ!周泰、今日は帰ってくれる?日を改めて…」

「…すぐに済ませますので…黄悠殿…いきなりお訪ねして…申し訳ありません…」

「もうっ、周泰!」


悠生は驚きに目を見開かせた。
今まで見舞いに訪れてくれた人々は、何かしら咲良との繋がりを連想させるような人物であったのだが、彼…周泰は、姉が今まで付き合っていた友達のタイプとも懸け離れているのだ。


「…周泰。私、外した方が良いんでしょう?少ししたら戻るから、さっさと済ませてよね!」

「…御意…」


何故か機嫌を損ねてしまったらしい尚香は、むっとした様子で退室し、少々乱暴に扉を閉めた。
彼女の態度は意外なものであった。
人当たりが良く、誰にでも気兼ねなく振る舞うお姫様という印象が強かったが、彼女が周泰と不仲であったとの話は聞いたことも無いのに。


 

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