虚ろな苦悩



「お姉ちゃんのことは、僕が一番知っているつもりです。えっと…それで、お姉ちゃんは…、尚香さまに憧れていると思います」

「あら、そうなの?ふふっ…分かったわ。あなたは本当に、落涙の弟なのね」


悠生が死んだら、姉が悲しむからと。
大いに結構だ。
その美しい涙の数が、愛された証だと思えば良い。
だけど、後を追われるのは困る。
沢山泣いた後は、弟以上に幸せに生きようと、涙を拭って、前を向いてくれ。


(でもな…こんなに近くにいるのに、会わないなんて…僕はやっぱり、間違ってるのかな)


それは単に、自信が無いからである。
大好きな咲良に泣かれてしまえば、すぐに心変わりすることはないだろうが、決意が揺らぐのは間違いない。
だから、弱く臆病な自分が悪いのだ。

いつの日か再会が叶うと、ひたむきに祈る気持ちが少し、諦めが半分以上であった。
恐らく咲良も、時が経つにつれて祈ることを止めてしまうのだろう。
ずるずると気持ちを引きずらせるぐらいなら今、「蜀に友達が居るから、もう二度と会わない」と言えたら良いのに。


「黄悠は…落涙を信じている。落涙なら、一番にあなたの幸せを望むはずだから。でも、怖いのね。大好きな人を天秤にかけて、針が止まらないよう願ったんでしょう?」


蜀と姉を天秤にかけ、傾いたのは、蜀。
たとえ釣り合ったとしても、片方を手にする権利しか無かったのだ。
悲痛な想いで決心したと言うのに、再び針が揺れだしたら、悠生はどうすることも出来ないだろう。

尚香はいつしか、悠生が姉に会えない切実な理由を受け止め、理解してくれたようだ。
もう、落涙の気持ちを考えなさい、とは言わなかった。


「ねえ、黄悠。権兄さまの目指す世はね、魏や蜀、皆と手を取り合っていけるような…戦の無い世界なのよ」

「そ、れは…そうなったら、良いですね。でも、難しいと思います」

「そうね。だけどいつか、蜀との橋渡しに、あなたが使者に選ばれる日がくるかもしれないわ」


きょとんと、悠生は目を丸くした。
遠回しにだが、姉には会わないと決意を示したばかりなのに、尚香は悠生を孫呉の一員として夢を語ったのだ。
近い将来、歴史の流れが変わり、蜀と手を取り合う日が来たとしても。
捕虜が使者に選ばれることはまずあり得ない。
だが、蜀と再び同盟を結ぶ…そんな未来を見据えて、この先、悠生が孫呉に暮らし続けることとなれば…、阿斗も咲良も、両方を選ぶことが出来るのではないだろうか。


「今は、蜀との戦は避けられないけれど」

「蜀との、戦…、」

「でもね、これだけは信じてほしいの。心はいつも、傍に寄り添っているのよ」


近くに居ても、遠くあっても。
悠生には、咲良が手紙にどんな内容を綴るか、容易に予想出来た。
だけど早く、この目で確認したい。
自分が蜀を選び、姉との再会を望まなかったことが、間違っていなかったのだと。



END

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