虚ろな苦悩



甘寧が呼んだ典医の診断を受け、半強制的に薬を飲まされ、ぐったりと寝台に横たわっていた悠生は、知らせを聞き飛んできた尚香を、ぎこちない笑顔で迎える。
身を起こそうとする悠生を制し、尚香は今にも泣きそうな顔で唇を震わせた。


「あなたはどうして…意地をはっているの?」

「僕は、意地なんて…」

「お願いよ、黄悠。あなたが孫呉を選んでくれれば、陸遜だって小言を言わないわ!早く、落涙に会ってちょうだい!私、弱っていくあなたを見ていられない…」


なんて悲しい顔をさせているのだろう。
尚香がこれほど心配してくれているのに、悠生はどうしても、彼女の気持ちを裏切ることしか出来ないのだ。


「…それは…出来ません」

「どうして!?もしあなたが死んでしまったら、あなたの身を案じていた落涙はどうなるの!?一目会って顔を見せるだけで良いのに、何故其処まで頑なになるのよ!?」


姉弟が引き離された本当の理由を、皆は知らない。
咲良の想いを知る尚香は、自分のことのように悩み、苦しみ…、考えた末に、こうして悠生を説得しているのだ。

もう少し、もう少しなのだ。
世界に遠呂智が光臨すれば、機会が生まれる。
呉を脱し蜀へ帰還することが目的であるため、姉への未練は早急に、完全に断ち切らねばならない。
ただ…これは我が儘だが、手紙の返事は欲しい。
肝心なことは綴れなかったが、咲良からの最後のメッセージを、彼女の身代わりとして、持っていきたい。


「分からないわ…!黄悠の考えが、私には理解出来ない!」

「だって…僕達は全然違うじゃないですか。尚香さまは、劉備さまよりも孫権さまの居る、孫呉を選んだんでしょう?」

「な、何を…」

「僕は、お姉ちゃんの居る国より、大好きな人の国を…蜀を選びたいんです。だから、お姉ちゃんには会えません。きっぱりと断ち切らなくちゃ、駄目なんです」


大好きだけど、会えない。
もっともっと大切なものがあるから。
尚香が劉備を心から愛していたのは事実だろうが、夫よりも国を選び、家族の待つ孫呉に居るではないか。
勿論、政略に使われた彼女には選ぶ権利が無かったということは分かっている。
だけど、悠生には関係のない話だ。
どちらか片方、選ぶことが出来るのなら、悠生は家族より友の国を、蜀を選ぶ。
何が一番大事なのかなんて、他人に決められることではない。

 

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