凍った涙



その日から、阿斗は宣言通り、目まぐるしい成長を遂げた。
以前までは遊びや悪戯に励んでいた一日のほとんどを、鍛錬や勉学に費やし、己を高めようと最大限に努力してみせる。
元来、頭が良い阿斗なのだが、今までのうつけぶりからは想像も出来ない、まるで別人のような阿斗の姿に、城の者は大袈裟なほどに驚いていた。

全ては、趙雲との約束のため。
悠生を城へ招き、傍に置くために。


「ふん!私を甘く見るでないぞ!」


阿斗は自慢げに、どん、と椅子に腰掛ける。
父・劉備や星彩も含め、周りの皆が口々に褒め称えるため、調子に乗っている…ということは無いが、趙雲の前では未だにこのような態度を取っている。

趙雲が出した山のような課題を、阿斗は数刻足らずで終わらせた。
しかも間違いが一つも無いと来た…、末恐ろしい御仁だと、趙雲は関心するばかりだった。


「注目を浴び、期待をされることは面倒だと思っていたが…、一時ぐらい、皆に夢を見せてやっても良いだろう」

「…やはり、蜀の未来を背負う立場にある貴方様は…重荷を感じているのですか?」

「当たり前であろう?私は父上とは違い、心が広い訳ではないのでな」


趙雲は阿斗の自己中心的な発言を、わざわざ咎めたりはしない。
今に、そのような発言は出来なくなる。
彼はまだ、心が成長しきっていない…子供なのだ。
阿斗は間違い無く劉備の後を継ぐことになる。
国と民のために前を向かなければならない…その想像以上の重圧に、今の気楽な思考のままでは到底耐えられないだろう。
視野の狭さや、適当な考え方、初陣を果たせば大きく変わると思われる。
阿斗に必要なものは知識や経験、そして心の支えとなり寄り添う者。


(好機は…今なのかもしれないな)


未だに開け放たれていた窓の外には、欠けた月が鈍く輝いていた。

窓を閉めようと、趙雲は窓際に近付くが、遠い闇の向こうに…、ゆっくりと開かれた城門に視線を送る。
視界に飛び込んできたのは、早馬だった。
しかも、乗馬する人間は、相当の深手を負っているようで、今にも落馬しそうだ。


(…何か、嫌な感じだ…)


趙雲は世に名の知れた戦人である。
幾数年も、多くの戦場を駆け抜けては、武功をあげた。
故にそれは…、世を知る者の直感だった。


「……、阿斗様、少々失礼致します」

「どうした。何事だ?」

「いえ…、私の考えすぎであれば良いのですが…」


たった一瞬でも、間を置いたのは失敗だったと、趙雲は内心で舌を打つ。
うつけのふりをし続けてきたとは言え、本質は父である劉備よりも鋭いかもしれない…阿斗が、趙雲の僅かな動揺を見逃すはずがなかったのだ。



 

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