小さな浮気心




指先には、小さな傷痕が残っている。

趙雲は独りだった。
一人で、星がちらつく夜空の下に居た。
虫の鳴く声もまばらに、趙雲は暗がりの中でひたすら、飽きることもなく己の指を見つめていた。


(…悠生殿…)


治癒能力の高さを恨むのは初めてだった。
数日も経たないうちに、綺麗に完治しようとしている薄い傷を見ては、悠生を思い出した。
あの甘やかな一時は、夢では無いのだと。

そっと、指先に唇を寄せ、その度に虚しい想いをする。
趙雲は孤独であった。
誰にも、心を打ち明けることが出来なかった。
このまま…取り戻せないのかもしれない。
劉備を止められる者はついに現れず、蜀軍は悠生が捕らわれている孫呉へ戦をけしかけるのだ。


(蜀は…私は…何処へ向かうのだろうか)


頬を撫でる風は思った以上に冷たく、知らぬ間に体温を奪っていく。
雪のように白い愛馬の背を撫で、趙雲は成都の灯りを遠く見つめた。
いっそ、このまま、
…だが…、ひとりでは、何も出来ない。
それに、誰が阿斗を護る?
自分以外の誰に、あの幼く高貴な御方の護衛が務まるというのか。


(阿斗様の御身に何かあれば、悠生殿が悲しむだろう。すべきことなど元から分かりきっているはずなのに…)


一筋の光が…、星が流れた。
他人の視線に追われることを拒むかのように、すぐに闇の中へと身を隠してしまった。
誰にも気付かれず、ひっそりと消えた。
本当は、こんなにも美しいのに。
趙雲は静かに、涙のようだと呟いた。




END

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