小さな浮気心



「格好悪いだなんて…。とても美しい剣舞を拝見させていただきました」

「……。いや。剣もまともに扱えない私には剣舞など人に見せる資格はないだろう。今となっては、もっと素直に、関平に手合わせをしてもらえば良かったと思うのだ」

「そう、ですね…」


星彩の表情に陰りが見える。
顔色が変わったのを、阿斗は見逃さない。
それは、星彩の…、彼女が胸の内に隠していた恋心。
忘れることの出来ない関平の勇姿を思い出して、そのような…切なげな顔をしている。


「あの…、私、先日のお話の、お返事をしに参りました」

「……!」


星彩がこうも、口ごもるのは珍しい。
頬を染める星彩は愛らしいが、阿斗はうっと唸り、それ以上何も言えなかった。

それは数日前のことである。
悠生の行方も知れず、劉備は孫呉を攻めよとの一点張り。
平和とはかけ離れた殺伐とした成都に、またもや悲惨な事件が起きた。

張飛が部下に刺殺されるという惨劇だ。
関羽の死に動揺し、怒っていたのは劉備だけではない。
張飛も関羽の弔い合戦に向け、己の部隊を鍛え、厳しくしごいていたところだ。
だが酒癖の悪さゆえ、些細なことで怒鳴り散らし、日頃から部下に鬱憤をぶつけていた張飛は、相当怨まれていたのだろう、蜀内の混乱を好機とし、ついに根首をかかれてしまった。

これに悲しむは、義兄弟の両方を失った劉備と、張飛の愛娘・星彩である。
此処蜀において、張飛の娘という肩書きは彼女にとって重要なものであり、現在の星彩は父を亡くした哀れな娘だというのに、居場所までも失おうとしていた。


『星彩』

『……、』

『…星彩…』


まるで、意図して用意されていたかのように悲劇は続いた。
彼らは絶望の淵に居た。
何を信じ、何を糧に生きろと言うのか。

阿斗には慰めの言葉も無かった。
ただ、彼女の名を呼ぶしか。
関平を、父を、星彩の大切な人は次々に帰らぬ人となった。
その二人には、知も力も到底及ばないちっぽけな自分に、彼女を慰める資格などあるのだろうか。


『どうか、私の…妻となってくれ』

『っ…阿斗様、』

『星彩…私はそなたを…』


ついに、想いを明かした。
尚香以外で、初めて心を許した女に。
だが、続きを口にすることは躊躇われた。
それでも、驚きに見開かれる星彩の瞳から、視線を逸らすことはしなかった。

愛を告げるには、勇気が足りない。
あれほど目の敵にしていた関平は、既に此の世には居ないのに。
一生、関平には敵わないと言うのだろうか。
彼女を我が物にしても、心までもを手に入れることは出来ないのだ。


 

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