世界の創造者



「悠久よ、何を迷っている?」


何を…とつられて口にした悠生だが、はっとして顔を上げた。
どこまでも遠く…透き通るような男性の声が響く。
悠生はその声に覚えがあった。
ただ、何度か顔を合わせた左慈ではなく、また別の存在であったから驚いたのだけど。
外側から鍵をかけられ厳重に警備された、密室であるはずの部屋に…それが可能なのは、人間には無い規格外の力を持つ者だけだ。


「ほう…あまり驚いてはいないようだな」

「何か…僕に用事ですか…?」


さらさらとした髪と、白い肌…窓の隙間から射し込む光に応じて、いっそう美しく輝いて見える。
封神演義などで活躍する、太公望呂尚である。
彼もまた、人界に降臨した遠呂智を封じるため暗躍していた仙人の一人だ。

悠生は筆を持ったまま太公望を見上げていたため、机に真っ黒な墨がぽたぽたと滴る。
それを拭うこともせず、悠生は自分を見下ろす神々しい男に真っ直ぐな視線を送った。
いったい何をしに来たというのだ。
左慈は…、悠生の中に困ったもやもやを残しただけだが。
もしや、これから手紙に綴ろうとした、不穏な計画を嗅ぎ付けて…?


「……。私の姿を見て、そのように淡白な反応を返したのは、貴公が初めてだ」

「だって…、前も、左慈どのが来ていたから…偽者かも、しれないけど…」

「だが貴公は左慈の言葉を信じたのだろう?クク、私も貴公も、妲己に一杯食わされたらしい」


いったい何を言っているのかと、悠生は首を捻る。
太公望の言葉は分からないことだらけだ。

些か悔しそうに、太公望が思い返しているのは悪女として名高い妲己のことだった。
ここで妲己の名が出てくると、やはり連想するのは、彼女が導き世に降臨させた、遠呂智なのだが…


「左慈はずっと貴公を見守っていた。だが貴公は、妲己が化けた偽者に良からぬことを吹き込まれてしまった。当初、妲己は貴公と旋律を利用し、世を乱す協力をさせるつもりだったのだ」

「え…?」

「決して、奏者に旋律を奏でさせてはいけない。そう信じた私も、貴公の姉を見張らせてもらったのだが、貴公だけではなく私達までも誑かすとは…妲己は、一枚も二枚も上手だった訳だ」


太公望の言っていることが、悠生にはよく分からなかった。
旋律は世を滅ぼすかもしれない恐ろしいもの、だから、左慈は心配して忠告をしに来たのでは無かったのか。


 

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