夕べがざわめく



(陸遜さまは、咲良ちゃんのこと、大事にしてくれてるってこと、だよね。そうだったら、寂しくなんかないよね…)


陸遜はきっと、悠生が頷いた後は、どうにか手を尽くして姉弟の再会を果たそうと考えてくれているのだろう。
悠生のためではなく、咲良のためではあるが、それでも、嬉しかった。
ひとりぼっちかと思えた姉の傍にも、支えてくれる優しい人々が居たのだと、知ることが出来たから。
だったら今、決めなければ。

ごめんなさい、と切り出そう。
ゲームを教えたこと、家族ではなく友人を選んだこと…それと、あなたが愛した弟が間違った道を進むことを、許してください。


「手紙…、文を書かせてください。すぐに会うのは、緊張しちゃうから…。陸遜さま、お姉ちゃんに渡してくださいますか?」

「それは構いませんが…失礼ながら、咲良殿は字が読めないのでは?」

「あ、ああ…そうですね…じゃあ、分かるように書きます」


姉は学が無いのだと指摘されたようで複雑だが、陸遜は悠生が前向きに考えたことを喜んでくれた。
こうして笑うと、子供みたいだ。
青年と少年の狭間に居る陸遜は、可愛いと格好いいのどちらにも当てはまらない、繊細な美しさがある。

陸遜の綺麗な笑顔に一瞬見とれてしまった悠生だが、寂しいほどの静けさは、厩舎に駆け込んできた文官によって失われた。


「何です?……えっ、小春殿が!?」


報告を受けた陸遜は貧血でも起こしたかのように顔を青くし、頭を抱えている。
文官が伝えた内容までは聞こえなかったが、らしくなく動揺する陸遜を見て、これはただ事では無いと悠生も緊張してしまった。


「黄悠殿…文の件、承りました。ですが、申し訳ありません。急用が出来てしまいましたので、今日はこれにて失礼致します」

「ちょっ、陸遜さま…」


捕虜である悠生を放置するなんて、それほど切羽詰まっているのだろうか、陸遜は一目散に厩舎を飛び出していった。
政略結婚とは言え、やはりあの可愛らしい人を陸遜は大事にしているのだろう、彼の様子は、必死以外の何ものでも無かったから。

小春の身が危険に晒されたのなら、心配だが…真相を知るまでは何とも言えない。
尚香が次、訪ねてきたら聞いてみれば良いことだと安易に解決させ、悠生は手紙に書く内容を考え始めた。


(手紙…何て書こうかな。咲良ちゃんに手紙を書くの、初めてだ)


脳裏に蘇るのは、小春が奏でた久遠劫の旋律。
悠生の心は最初から決まっている。
願いを叶えるためにはどうしても、姉を利用しなければならないのだ。
少しだけ…針を刺すように、心が痛んだ。



END

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