夕べがざわめく



「陸遜さま!その馬は…何処にいるんですか?」

「軍神の馬に興味がおありですか?しかし、弱っていく様子を見るのも、辛いでしょう?貴方の馬は水を飲みましたが、赤兎馬は更に頑なです。もう長くは無いでしょう」


陸遜に案内された先には、確かに、目を見張るような鮮やかな赤があった。
だが、あれが本当に赤兎馬か。
肩を並べて柵の内で思い思いにくつろいでいる他の馬と比べても、弱りきっているのが見て分かる。
呂布と関羽を乗せて戦場を駆け抜けた馬が、黙って檻に捕らわれたままでいるはずがないのに。


(どうして…こんなことに…)


今にも消え入りそうな、美しい炎。
周囲に繋がれていた馬も、同じ厩の中で過ごすうちに、赤兎の苦しみを感じ取っていたのか、どこか悲しげな目をしていた。
主と離れ離れになって、狭い空間に押し込められて。
赤兎馬には分かっていたのだろう。
関羽が孫呉の計略にかかり、殺されてしまったことを。
だから、いくら腹が減っていたとしても何も口にしようとしないのだ。
二度も主と引き裂かれ、沢山悲しい想いをして…もうこれまでだと思ったのではないか。


「赤兎……?」


悠生は誘われるようにして赤兎の元に歩み寄る。
うずくまる赤兎の瞳はほとんど閉ざされ、呼吸をするのも苦しげな様子で、あまりに痛ましい姿に悠生は顔をしかめた。

柵の隙間から手を入れ、少し固い鬣に触れ、柔らかく撫でてやる。
すると赤兎はぴくりと反応し、ゆっくりと目を開けると、紅玉のような美しい瞳を見せてくれた。
悠生は小さく「初めまして」と呟き、ぎこちなくだが微笑んだ。
正史、演義と華々しい活躍を見せた天下の名馬と、このような形で出会うこととなるとは。


「もう…頑張れなくなっちゃった…?」


そっと問いかけると、赤兎は疲れたように再び目を閉じてしまう。
バカにするな、とでも言いたげだが、最早赤兎には反論する力も残っていない。
それでも悠生は鬣を撫で続けた。
少しでも、胸の苦しみが、悲しみが取り除かれることを祈って。


「赤兎は天下無双だよ。関羽さまも、おまえを責めたりなんかしないよ。だから…もう、頑張らなくたって良いんだよ…」


だから、お休み。
大好きなご主人様と一緒に居ることが、一番の幸せなのだとしたら、このまま目を閉じたって良い。
最後の瞬間まで、傍に居てあげるから。

悠生の言葉を黙って聞いていた赤兎の瞳に、うっすらと涙が滲んでいる。
天下一の駿馬だからこそ、人の言葉を理解し、気持ちを受け取ってくれたのだ。
赤兎は最後の力を振り絞って、柵越しに、悠生にすり寄ろうとしてくる。
その可愛らしいこと、戦場で勇ましい姿を見せ続けた赤兎とからは想像も出来ない、弱々しさであった。
悠生は赤兎を抱き寄せて、彼の気が済むまで鬣を撫でていた。
せめて最後ぐらい、寂しくないように…。


 

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