夕べがざわめく



「城の厩舎に保護しています。ですが、水以外口しないのです」

「餌を食べないんですか…?」

「ええ。獣医に診せても、片目は膿んでいましたが…他に病は発見出来ませんでした。原因として考えられるのは…」


外に出ると、がんがんと照りつける太陽が眩しく、悠生は目を細めた。
風が無いためか、空気が酷く熱っぽい。
平然と歩き続ける陸遜とはぐれないよう、早足で後を追い掛ける。

むわっと藁の香りがする厩舎へ足を踏み入れ、悠生はきょろきょろと辺りを見渡した。
そして、陸遜を追い越して足を速める。
茶毛の馬が何頭も並ぶ中、悠生はすぐに隻眼の一頭を見つけることができた。


「マサムネ!」


悠生の声に、耳をぴくりと動かしたその愛しい相棒は、ゆっくりと顔を上げてくれた。
だいぶ、窶れたようにも見える。
冷たい雨に打たれ、寒さに苦しんだのは何も人間だけではないのだ。
柵の向こうから手を伸ばし、鬣や鼻、顔を撫でてやればマサムネは気持ち良さそうに鳴いた。


「ごめん…寂しかったよね。でも、ちゃんと食べなくちゃ駄目じゃないか。マサムネまで居なくなっちゃったら…僕…」


餌が喉を通らないほどに、マサムネは心に傷を負ったのだ。
以前、戦場を駆けていた勇敢な馬と言えども、最後の主人を失ったと絶望したマサムネに、生きる理由は無かった。

悠生の切なる想いが伝わったのだろう、マサムネも片方の黒々とした瞳を潤ませ、かぶりを振った。
もう一人ぼっちにはさせない、大丈夫だよと言っているかのようだった。


「黄悠殿の馬は忠義に厚いようですね。これまで、貴方以外の誰にも従おうとしませんでした」

「マサムネは、僕の大事な友達なんです。きっと…寂しかったんだと思います」

「馬が友達、ですか。いや…正論かもしれませんね。やはり、関羽の馬については諦めるしか…」

「関羽の…馬…?赤兎馬のことですか?」


陸遜がため息混じりに言うものだから、悠生は驚きのあまり思考が停止しそうになった。
関羽の馬が生け捕られていると言うのか。
一日に千里を駆けると言われた名馬、それはつまり、呂布も愛した赤兎馬のことである。


 

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