夕べがざわめく



冷たい杏仁豆腐を口に運びながら、悠生は尚香の話に耳を傾けた。
真っ白で甘いそれは、尚香の手作りだと言うから凄いと思う。
蜀に居た頃、星彩が阿斗のために度々焼き菓子を作り、悠生も食べさせてもらっていたが、尚香も料理が上手で、相当の腕前のようだ。


「彼女、私と年も近いのに大人びていて、凄く綺麗な娘でね、小さな阿斗が星彩に恋をしたのも微笑ましく思えたわ」

「その、阿斗さまは…一途なんですね」

「ええ。純粋で感受性が高いから、意識的に壁を作ってしまったのだろうけど…私にとっては、可愛い息子だったのよ」


阿斗と星彩について…尚香が蜀に居た頃の思い出話を聞いていた。
彼女が語る思い出はとても幸せなものばかりで、蜀で暮らした日々を心から大切に思っていたことがうかがえる。
だが尚香は、悠生に阿斗のことを尋ねたりはしなかった。
二人に繋がりがあるとも思っていないだろうが、普通に考えれば、悠生のような子供なら、せいぜい遠目からお姿を拝見する、その程度が現実のはずだ。

いっそ、全てを話してしまいたい。
尚香さまと同じなんですよ、僕も、阿斗のことが大好きなんですよ。
しかし…口にことは出来なかった。
此処で余計なことを話したとして、聞き耳を立てているかもしれない見張りに、告げ口をされたら困るのだ。


「失礼致します。姫様、少々黄悠殿をお借りしても宜しいでしょうか」

「陸遜!?突然やって来て何を言うのかと思えば…」


ノックと同時に入室するなど、普段から礼儀正しい彼にしては珍しい。
陸遜の登場に、悠生は身構えてしまうが、尚香は小さく溜め息を漏らして頷いた。


「…仕方がないわね。黄悠、続きはまた今度話してあげるわ」

「はい。楽しみにしていますね」

「ふふ、あなたは良い子ね。陸遜、黄悠を頼むわよ。それと、小春が寂しがっていたわ。時間を作って顔を見せてあげなさい?」

「承知致しました」


命令…と言うよりはお願いなのだが、陸遜は尚香の言葉を下知として受け取っているように見える。
尚香は身分を取り払い、友人と会話をするかのように接し、距離を縮めていると言うのに。
忠実なのは良いことなのだが、少し寂しい気がした。


尚香が手を振り退室するのを見送るが、悠生は尚香の口から、先日会いに来てくれた小春の名が出てきたことが気になっていた。
孫策の娘は、陸遜に嫁いだとされている。
そう考えれば、悠生よりもずっと幼い小春が…、陸遜の許嫁と言うことになるのだ。


 

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