君の声だけで



「…先程、悠生殿に何を伝えようとなさっていたのですか?」


趙雲は口を噤んだままの阿斗に問う。
城へ帰還するために馬を走らせていたのだが、今日の阿斗は些か気持ちが沈んでいるようだった。
悠生の語った物語を聞き、気分を損ねたのか。
いや、そうではない。
阿斗は悠生を相手に、はっきりと決意を示したではないか。


「あやつを、連れて帰りたい。私の傍に置きたいのだ」

「…見たところ、教養も無ければ武芸も嗜んでいないようで、しかも病弱な…。貴方様の隣に並ぶに値するとお思いですか?」

「体の弱さを責められぬ。だが、教養や言葉使いは子龍がどうにかしてやれば良いことであろう」


大方予想はしていたが、趙雲は阿斗がここまで真剣に物を言うのを初めて目にした。
阿斗の隣に並ぶならば、それなりに秀でた人間でなければならない。
悠生は語り部…、その方面の知識は豊富に持っているようだ、つまり、人並みの記憶力は見込める(それだけでは、まだ足りない)。


「果たして私などに師がつとまるでしょうか。阿斗様は、私の言うことにはまるで耳を貸しません。そのような、指導力の無い私が他人を教育するなど…」

「…それは嫌みか、子龍。つまりそなたは、私が真面目に勉学に励めば、悠生を連れ帰っても構わないと申すのだな?」

「ええ、阿斗様。いい加減にうつけの真似事をなさるのはおやめください」


本来の阿斗は聡明だ。
これほどの考えを巡らせる人がうつけだと、趙雲には到底思えなかった。
気付かない者がほとんどだが、阿斗の世話係である趙雲は傍に居る機会が多い。
悠生と語らう姿を見て、普段との差に、わざと子供のように振る舞っているのでは…、という疑いが確信に変わった。

阿斗は劉備の血を引いている。
それだけでも、高貴なる存在の証になるのだから。


「…私は、うつけでも、腑抜けでもない」

「存じております」

「では、見せてやろう、私の真の姿を!必ず子龍を悠生の教育係にしてみせる」


欲するものは、何でも手に入れてきたであろう阿斗が友を欲しがったのは初めてだろうが、それは今までの非ではないほど、強く熱い想いだった。
阿斗が悠生を求めたのは、身分を気にせず、対等に接す彼を魅力的に感じたから。
今後、彼のような人間とは出会えないかもしれない。


(悠生殿が、阿斗様をどう思っているかが問題だが……、いや、きっと大丈夫だろう)


最後に見せたあの笑顔を思えば、悠生が阿斗を毛嫌いしている可能性はほとんど無いと思われる。
普段、表情がぎこちない者が見せてくれる心からの笑顔は、とても綺麗なものだ。

阿斗が悠生に抱いた想いは、きっと、純粋な親愛の情。
悠生を傍に置いて大事にしたい、その優しい気持ちがいつの日か、民や国にも同様に向けられることを、趙雲は願ってやまなかった。




END

お話はプッチーニの蝶々夫人

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