神様の音楽



悠生は寂しさや悲しみから溢れた涙をごしごしと拭い、赤くなった目を小春に向けた。
小春は演奏を止めたが、何も言わずに悠生を見つめ返す。
幼さを言い訳にしてはならないが、悠生には他に、縋るものが何もなかった。


「久遠劫の…旋律…」

「黄悠さま?」

「小春さまの笛、凄く綺麗でした。でも、閉幕じゃないと思うんです。もっと…近いものが、あるはず…」


何度か忠告をしに来た、左慈の重々しい言葉を思い出した。
世界を、壊してしまえばいいのではないか。
遠呂智により時空がねじ曲げられた時、その混乱に乗じて、蜀に帰ることが出来るかもしれないと思ったのだ。
考えずとも、リスクは大きい。
沢山の大切な者を失うことになるだろう。
しかし、今の悠生には、他に道を選ぶことが出来なかった。


「黄悠さまの求められる旋律は分かりませんが…宜しければ、揺籃歌を聴いてくださいませんか?」

「ようらんか?」

「子守歌のことです。かつて、父上が私に唄ってくださった揺籃歌…赤子の頃の記憶ではありますが、私は落涙さまの音を聴いてから、より鮮明に旋律を思い出すことが出来るようになったのです。この歌は、きっと特別なものなのでしょう…」


小春の父上…つまり、孫策の子守歌を、聞かせてくれると言うのだ。
それが悠生の捜し求めていた久遠劫の旋律とは異なるものでも、素直に、興味を抱いた。
小覇王の唄う歌なんて、想像も出来なかったから。

聴かせてほしいと願うと、小春は嬉しそうに頷き、笛を構えた。
そして、生み出された旋律を耳にして…、悠生は今までにないほどに驚愕する。


(……、これが…孫策さまの歌…?)


久遠劫の旋律を咲良に演奏させる、それが、左慈に教わった破滅への道だった。
だが、別の左慈には、偽者の言葉は信じるな…と言われたけど、真実であるならば、利用しようと思っていたのだ。


(僕は、これを聴いて来た…だから…)


記憶には古いが、決して忘れ得ぬ歌だった。
争いの後の平和を、未来への希望を思わせる。
久遠劫の旋律とは、悠生と咲良に縁のある、つまり聴いたことのある曲だと、ある程度予測はしていたが、この世界では、孫策が残した揺籃歌として、存在していたのだ。
彼の子守歌が、世界を滅ぼすこととなるのか。
それでも、悠生は小春の奏でた孫策の揺籃歌こそが久遠劫の旋律であると、確信せざるを得なかったのだ。

悠生と咲良が、この世界にいなざわれた…その瞬間、この曲が流れていたことを、今日初めて思い出した。
…ただ、あの日に聴いたものは、伴奏だけで肝心の主旋律が無かった。
この歌が特別なものであることを、暗に示唆していたのかもしれない。



END

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