神様の音楽
「尚香さまがお忙しいとのことでしたので、わたしでは力不足ではありますが…黄悠さまのお話相手を務めさせてくださいませ」
「僕のこと、気遣わなくて良いんですけど…」
「いいえ。わたしも…尊敬する落涙さまの弟君であられる黄悠さまと、お話をしてみたいと思ったのです」
小春が椅子に腰掛けると、髪から微かに花の香りがし、何だか気恥ずかしくなり、かっと頬が熱くなる。
年の近い女の子とこうして至近距離に会話をした経験が無い悠生は、気まずさと気恥ずかしさに彼女を直視することが出来なかった。
「そ、尊敬って?僕のお姉ちゃんは、何か凄いことをしているんですか?」
「落涙さまは孫呉でも随を抜く楽師なのです。わたしの笛の師になっていただき、教えを受けております」
「演奏家で…、小春さまの先生…」
最初の条件は、同じだったはずなのだ。
三国志の知識量で言うなら、確実に悠生の方が上であった。
だが姉は大勢の人間に囲まれながらも、きちんと仕事をし、人の役に立っている。
大人に保護され、情けを受け、守られてばかりの悠生とは違う。
「僕のお姉ちゃんは…可愛い人が大好きでした。だから、小春さまに出会えて、心から喜んでいると思います」
「まあ。そうですね…落涙さまは、わたしを妹のように可愛がってくださいます」
「……、」
言い方を、誤ったかもしれない。
姉が見た目だけで人を判断するように思われても不思議ではない発言であった。
しかし小春は気にしたような素振りも見せず、急に真面目な顔をして、真っ直ぐに悠生の目を見つめた。
「あの…黄悠さま。宜しければわたしと、お友達になっていただけませんか?」
「なっ…、何で!?そんなこと…初対面でどうして友達になりたいなんて言えるんですか!?僕が、落涙さんの弟だから…?」
まくし立てるように言えば、小春はそんな風に返されると思っていなかったのか、驚いたように目を丸くする。
口にしてから、泣きそうになった。
捕虜から抜け出しても、孫呉に居る限り、自分にはいつも落涙の名が付きまとうことになるのだ。
そんな気持ち、嬉しいとは思わない。
阿斗は、"悠生"を好きになってくれた。
涙が出そうだ。
会ったばかりの人に、友達になって、なんて言われたくなかった。
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