神様の音楽



窓から差し込む光に、悠生は指先を翳した。
影になっている訳でもないのに、うっすらと細長く、日焼けをしたように痕が残っている。


(指輪だ……でも、何で?)


扉の向こう側の、見張りが交代する音で、だいたいの時間を把握する。
先程朝食を持ってきてもらい、時間をかけて食べたのだが、半分は残してしまった。
尚香が指示したのか、料理の種類も味も、蜀のものに近くなっている。
彼女の気遣いに感謝するも、やはりすんなりと喉を通ってはくれない。

悠生は椅子に腰掛け、どうやって暇な時間を潰そうかと思案していたのだが、今朝目覚めてすぐに見つけた、右手の人差し指の痕を凝視する。
サイズの合わない指輪を無理矢理はめ込んだみたいに、幅の細い線が付いているのだ。
全く覚えがなく、悠生はふうっと深い溜め息を漏らすばかりだ。


暇ではあるが、捕虜としては、かなり優遇されている方だと思う。
女官に服を替えられそうになり、必死に抵抗して自分で着替えをしたぐらいだ。
尚香の命令、というのもあるが、この部屋へ訪れる呉の人々は悠生と落涙と呼ばれる女性の繋がりを知っているのだと思う。


(咲良ちゃん……)


同じ空の下に居る。
同じ大地を踏み、姉との距離はぐっと縮まったのだ。
だが、会えない。
捕虜という壁、それを自ら壊さなくては、咲良との再会はかなわない。

阿斗を忘れ、咲良と生きるなんて出来ない。
一度は、故郷と家族を捨てた身である。
友を裏切るぐらいなら、自害して果てた方がずっと楽だ。
悠生は木製の机に突っ伏し、その冷たさを頬に感じながら瞳を閉じた。

その時、トントン、と扉が叩かれた。
尚香さまが遊びに来てくれた?と反射的に彼女の笑みを想像してしまい、悠生は激しく自己嫌悪に陥った。
心が蜀から離れている証拠ではないか。
気を許してはいけない、と自分に言い聞かせ、悠生はじっと扉を見つめた。


「失礼致します」


だれ、と思わず口にしそうになり、悠生は軽く唇を噛んだ。
その先に立っていたのは、尚香よりもずっと背の低い少女だった。
唇は赤く、頬は真っ白で、ふわりとした衣服を身に纏っている。
まるで、春の妖精のようだと思った。
顔立ちは大喬…、小喬に似ていて、普段から女子に興味が無い悠生が見ても、可愛らしい人だと思えた。
もしかしたら二喬達の血縁かもしれない。


「初めまして、黄悠さま。わたしは孫策が娘、小春と申します」

「孫策さまの…?」

「突然お訪ねして、ご無礼をお許しください」


幼いながら完璧な敬語を使う少女に、悠生は居心地が悪くなってしまう。
孫策の娘ということは…、それならば納得だ、彼女は母親の大喬の美貌を受け継いでいるのだろう。
だが、尚香も可笑しいとは思うが、孫呉の姫君が、わざわざ捕虜の元を訪れる理由が分からない。
落涙と呼ばれる咲良が、それだけ孫呉の中で重要な位置にあるということだろうか。

小春さま、と初対面の姫様の名前を呟く。
すると彼女は花のようにくすっと笑い、一歩一歩室内に足を進めた。


 

[ 168/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -