たゆまぬ流れ



(阿斗が好きになっちゃうのも分かるな…)


なんとなく気恥ずかしさを覚え、悠生は軽く唇を噛んだ。
尚香は誰にだって分け隔てなく接するのだろう、悠生だから、という訳ではない。
もし、彼女の特別、だったら。
阿斗のことを綺麗に忘れ、尚香の元に身を寄せることも出来たかもしれない(それは、阿斗への裏切りとなるから、実際にどうにかする訳ではないけど)。


尚香に連れて来られたのは、将兵が頻繁に使用するであろう広大な修練場だった。
しかし其処は蛻の殻で、二人の足音だけが遠くまで響く。

悠生が呆けている間に尚香が、鮮やかな花があしらわれた可愛らしい弓を持ち出したところで、彼女の意図を察した悠生は慌てて首を横に振った。


「僕は、無理です!まだ始めたばかりで…下手くそなんですっ!」

「そんなこと気にしなくて良いのよ。弓を引くと落ち着くでしょう?思いっ切りぶっ放しちゃいなさい!」


これは、思わぬ事態だった。
つまり、ストレス発散をさせるために、尚香は悠生を此処へ連れてきたのだ。
悠生の場合、精神統一どころか緊張で背に冷や汗が流れるが、今すぐに、あの寂しい部屋へ戻るのは嫌だった。


(わ…軽いな)


女性用の弓、それも、尚香に合わせた特注品なのだろう。
黄忠はプロ中のプロだが、尚香は弓腰姫と呼ばれるだけあって腕前も相当なはず。

尚香に見られていることを思うと緊張するが、悠生は渋々弓を構え、すっと目を細める。
慎重に、遠くにある的に狙いを定めた。
命中するとは思えないが、自分なりに、真っ直ぐ飛べば合格点だ。


「…ていっ!」


普段は口にしないような掛け声と共に弓を引き、へろへろと力無い矢が放たれるはずだった。
だが、悠生は聞き慣れぬ擬音を耳にすることになる。

ギュイン!!と目にも止まらぬ速さで射られた矢が、まるで衝撃派のように飛び出し、的板を粉々に破壊したのだ!
後ろの壁までも亀裂を走らせるその威力は、ゲームで見ていた無双乱舞と形容しても違和感が無い。
ぱらぱらと粉砕された小石が降り注ぐ様を、矢を放った本人も、間近で見物していた尚香も、呆然と見つめていた。


「……、」

「…黄悠、あなた…凄いのね!!」

「ちちっ、違います!こんなのって…!」


何事であろうか、この惨状は。
知らぬ間に体力がついた訳でもあるまい。
規格外の破壊力を目の当たりにし、悠生は不可解な現実に恐れを抱き、手が震え、弓を落としてしまった。


 

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