たゆまぬ流れ
「どうして…そこまでしてくれるんですか?僕は、ただの捕虜なのに…」
「あなたを守るって決めたからよ。もう…誰にも、寂しい想いをさせたくないの」
尚香の強い決意が感じられるその言葉に、悠生はどきりとしてしまう。
かつて、阿斗が見ていた尚香も、このように大人びた顔をしていたのだろうか。
(僕を…阿斗の代わりに守ろうとしてくれているのかな…?)
劉備との間に子を授からなかった尚香は、血の繋がらない阿斗を実子のように可愛がっていたのだろう。
そんな阿斗と生き別れ、ひとり故郷へと戻らなければならなかった尚香は酷く悔やみ、心に深い傷を負った。
だから、阿斗の代わりとして。
複雑な心境に陥るも、全く不快ではない。
阿斗に与えられていたものと同じ愛情を受けられるのだから。
だが、心を開いてしまえば、再び過ちを繰り返してしまう。
彼女の母性は、ひたむきで優しい。
たった一日触れ合っただけでも、容易に知ることが出来た。
「さあ、黄悠!出掛けましょう!」
「え?お出かけ…ですか?」
「ずっと部屋に籠もっていたら気が滅入っちゃうでしょ?」
捕虜をそう簡単に外へ連れ出して良いのか?
逃げ出しても、捕まえる自信があるから?
有無を言わせず、尚香にずるずると引っ張られた悠生は、見張りに立つ兵の探るような視線から逃れようと俯いた。
「黄悠は弓道を嗜んでいたんでしょう?」
「えっ、どうして分かったんですか!?」
「私だって弓を扱うもの。手を見れば分かるわ」
繋いだ手のひらをぎゅっと握られた。
悠生が弓を習い始めたのはつい最近のことであるが、自分でも気が付かないうちに、手が弓を構えるに適した形に変わっていたらしい。
それにしても、尚香は悠生をよく観察している。
食事の件にしろ、弓の件にしろ。
自ら語ろうとしない悠生のことをどうにかして知ろうと、だが強引な手段を取らず、少しずつ近付き、歩み寄ろうとしているのだった。
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