たゆまぬ流れ



尚香はきっと無理をして、それでも笑みを浮かべようとしたのだろう。
明るめな声は小さく震えていて、また来るね、と小走りに出て行ってしまった。
そうして悠生は、ひとりに戻ってしまった。


(だって…尚香さまは僕とずっと一緒に居てくれる訳じゃないでしょ)


尚香は無理でも、阿斗は違った。
ずっと傍に居ると約束してくれた。
だが、阿斗との繋がりさえも消えてしまった。
もう同じ苦しみを味わいたくはない。

尚香と入れ代わるようにして医師らしき人が部屋に入ってきたようだが、無視を決め込んだ悠生は寝台の中で縮こまり、目を閉じた。




狭い小部屋で夜を明かした悠生は、目覚めてから少しの間、寝台の上でぼうっと俯いていた。
横になっても、体が痛んでしょうがない。
逃げきれるとは思えなかったから、逃げようという気にもならなかった。

はあ、と深く溜め息を漏らす。
昨夜から水以外、口にしていなかった。
卓上には、すっかり冷たくなった今朝の朝食がそのまま残されているが、悠生は一口食べたきり、箸を置いていた。


(お腹は減ったんだけどな…)


もともと食が細い悠生だが、ここまで食欲が湧かないのも珍しい。
今までは毎日阿斗と一緒にご飯を食べていたのに、急に一人で食事をして、美味しいと感じられるはずがなかった。
逆に、何のために食べなければならないのかと疑問を抱く。
生きる理由も無くなってしまったのに?

扉の向こう側から、見張りが交代するのか、静かな足音が聞こえる。
そのまま過ぎ去ってしまうかに思えたが、ゆっくり扉が開くのを、悠生はぼんやりと眺めていた。


「おはよう、黄悠!」

「尚香さま…?」

「ふふ、陸遜に聞いたのよ。あなたの名前でしょう?」


多くの人に愛される笑みを携えて、尚香は再び、悠生に会いに来たのだ。
まだ、黄悠と呼ばれるのに違和感を拭えないが、何故だか胸が熱くなるのだった。

尚香はわざわざ昼食を用意してくれたのか、彼女が手にしていたお盆からは美味しそうな匂いが漂っている。
漂ってくる匂いを嗅いだら、反応してお腹もぐうと音を響かせた。


「さあ、遠慮せず食べて良いのよ?」

「はい…、いただきます」


断食中でもなく、飢え死にたい訳でもない(餓死するぐらいなら、舌を噛んで死にたい)。
理由が無くても、お腹は減るようだ。
さすがに空腹に耐えきれなくなった悠生は、まだ湯気の立つ食事を食べることに決めた。

質素ではあるが、ひとつひとつ丁寧に作られていることが分かる品目である。
温かいスープがとても美味しそうに見えて、悠生はそっと茶碗に口を付けた。


 

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