悲しみが居座る



「尚香さま…あの、黄皓どの…は?」

「…黄皓は…、笑っていたわ。眠っているだけなのかと思わせるぐらいに、とても幸せそうな顔をして…、」


貴方が、傍にいたからね、と切なげに口にする尚香の声を聞き、悠生は胸がぎゅっと締め付けられる思いをした。
黄皓の遺体は、共同墓地に葬られたという。
尚香が手を尽くしてくれたことには感謝をするが、悠生は改めて黄皓の死を実感し、深い悲しみに襲われた。

黄皓は幸せだった?
ちゃんと、阿斗の夢を見れたのだろうか。

本来は、黄皓が樊城で死ぬなど有り得ないことであった。
本当の黄皓の最期は、五体を斬り刻まれるという残酷なものだから、それを考えれば…まだ、良かったのかもしれないけれど。

ずっと、大嫌いなまま…、好きになることはないと思っていた。
でも今は、もっと嫌いになった。
人には生きろと言うくせに、勝手に一人で、死んでしまったから。


「…ごめんなさい。私がもっと早くあなた達を見つけていれば…」

「……、」


尚香が悪い訳ではないのだと、悠生は首をぶんぶんと横に振り、涙を流して否定する。
黄皓を冷たい雨の中に置き去りにすることにならなかっただけでも、救われた気分だ。


「ありがとう…ございました」


悠生は寝台に手をついて深々と頭を下げた。
もう、十分すぎるほどだった。
此処へ来るまで、失ったものが多すぎる。
これ以上、悲しみを味わいたくはなかった。
眠たくはないけど、眠ってしまいたい。
このまま二度と目覚めなければ良い。
夢の中では、阿斗に…趙雲に、会えるかもしれないから。
この身も心も、既に阿斗のものなのだ。
阿斗を失ってまで、悠生に生きる理由は無い。


「ねえ、顔を上げて?」

「……?」

「…やっぱり。あなた、凄く可愛らしいのね。笑ってくれたら、嬉しいんだけど…」


この状況で笑えなど、無理な注文だ。
素直に笑えたのは、阿斗の前でだけ。
そうだ、尚香も、悠生の大好きな阿斗をよく知る人間なのだ。
彼女と阿斗について話を出来たら楽しいかもしれないけど、それでは蜀の情報を与えることになってしまう。


「僕を…ひとりにしてください。今は眠りたいです。夢の世界の方が、絶対に幸せです。大好きな人達に、会いに行けるから…」

「そんな悲しいことを言わないで…。此処にはあなたの愛する人は居ないかもしれない。でもね、私があなたを守ってみせる。決して悲しい想いはさせないわ。だから、お願いよ…!」


何があっても、貴方の味方だ。
趙雲がくれた優しい言葉の数々と、尚香の悲痛な声とが重なった。
受け入れてくれる人、手を差し伸べてくれる人が居たから、これまで生きてこれた。
蜀にも、呉にも、親切な人は存在するのだと、頭では分かっている。

だけど、彼女の手を握るのが怖かった。
また、大好きな人との仲が引き裂かれることになったら、今度こそ壊れてしまいそうだったから。



END

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