悲しみが居座る



「こんなことになるぐらいなら、見捨ててくれた方が良かった…」

「死んだ方が良かったと仰るのですか?」

「だって…此処には僕のために悲しんでくれる人が居ません。僕は…独りじゃ何も出来ない…生きていくことだって…!」


悠生は目尻に溜まった涙を、服の袖でごしごしと拭った。
そのまま、手の甲で目元を覆い、陸遜の複雑そうな視線から逃れようと目を閉じる。


「…貴方という人を失い、悲しまれる方は孫呉にも居ります」

「嘘だ…!だって孫呉は蜀の敵じゃないですか…!」

「それでも…貴方をお救いすると決めたのは、其処に居られる姫様なのですから。貴方を捕虜としたのはこの私です。理解していただけないかもしれませんが、姫様だけは…今も、蜀を想っているのです」


びくりとした悠生は、信じられないような気持ちで陸遜を見た。
そっと語りかけるような言葉は、そしてその眼差しは…まるで悠生を慰めているかのようだったから。
優しくされては、心を許してしまいたくなる。
だけど、悠生はどうしても、陸遜や尚香の想いを受け入れることは出来なかった。


「んー、何…?騒がしいわね…」

「姫様…」

「え、陸遜?ちょっとどういうこと!?まずは私を起こしなさいよ!」


悠生の声が大きかったせいか、眠りを妨げられ目を覚ました尚香は、陸遜と悠生の顔を交互に見ながら、まずは陸遜に不満をぶつけ、次に悠生に向き直った。
悠生の目元に残る涙を指先で拭い、尚香は優しい笑みを浮かべる。


「痛いところは無い?大丈夫よ、陸遜はああいう奴だけど、ただひねくれ者ってだけなんだから」

「それは些か、酷い言い用ですね…」

「陸遜!早く典医を呼んできなさい!」

「…仰せ仕りました」


尚香の剣幕に、さすがの陸遜もお手上げのようだ。
悠生は部屋を辞す陸遜を横目で見送るが、いつまでも横になったままでは尚香に申し訳ないと思ったので、どうにか起き上がり、寝台の上で正座をする。


「悪く思わないでね。陸遜は軍師だから、個人の感情で動いちゃいけないのよ」

「……、」

「私は、孫尚香。宜しくね」


涙を流した理由を陸遜の尋問によるものだと解釈した尚香は、不安がる悠生を安心させるように、優しく髪を撫でてくる。
だが悠生は落ち着くどころか居心地の悪さを覚え、俯くほかなかった。


 

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