悲しみが居座る



「質問を変えましょう。貴方は蜀においてどのような位置付けをされていましたか?」

「僕は…、文官になるための勉強をして…」


徐々に陸遜の問いが深く、探るようなものになっていく。
きっと、違和感を与えないように気を使いながら、核心に迫ろうとしているのだろう。
阿斗と深い繋がりがある事実は、此方が口を開かなければ相手に知れることは無い。
ただの子供だと思いこませなければ、すぐに殺されてしまうかもしれない。


「……分かりました。これが最後の問いです。厳密には質問では無く、お願いなのですが…黄悠殿。孫呉に降ってください」

「は…?」

「この国において、貴方は捕虜という扱いを受けています。万が一にも、貴方の身柄を蜀へお返しすることは出来ないでしょう」


元より、蜀への帰還は叶わないことだと分かっていた。
だが、改めて宣告されると、胸が張り裂けそうになる。
せめて命だけは救ってやろうという善意かもしれないが、呉へ降ったところで、阿斗に会いたいという悠生の願いは叶いそうにない。

今後、近いうちに夷陵にて呉蜀はぶつかり合うだろう。
その戦を仕掛けるのが、蜀なのだ。
そんな好き勝手やっている国を相手にすること自体が時間の浪費であるのに、みすみす捕虜を返す訳が無いだろう、当たり前のことだ。

たとえ、この命が失われることになっても、孫呉に降るつもりは少しも無い。
それは、阿斗に対する裏切りとなるから。
悠生は陸遜から視線を逸らし、高い天井をぼうっと見つめた。


「ごめんなさい…僕は孫呉には降りません。帰してくれないのなら…僕を殺してください!」

「捕虜を死なせては連れ帰った意味がありません。貴方の口を塞ぎ、手を縛り上げたって良いのです。承諾の言葉を戴くまで、貴方をこの部屋から出すことは出来ませんよ」

「そんな…っ…」


身動きの取れない状態で、狭い部屋に閉じ込められ続ける…、それこそ、生き地獄ではないか。
窓の隙間から見る青空は、手の届かない夢のようで、悲しい。

どうにも我慢出来なくなり、瞳を潤ませたが、陸遜は僅かに眉を潜めただけで、顔色を変えることはなかった。
目の前の敵に対し、余計な情を持って接していけないことは分かるが、捕虜の子供が泣いたところで、陸遜にはまず関係の無いことなのだろう。
敵国に捕らわれた現実を実感し、悠生は唇を噛んで涙をこらえた。


 

[ 159/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -