たったひとつの



「良い子。おまえノラだからお腹減ってるよね?牛乳温めてたから、待ってて」


悠生に頭を撫でられるとは…、悪くない、とにやけてしまう趙雲であった。
しかし、悠生は自分の怪我の手当てを後回しにし、甲斐甲斐しく見ず知らずの犬の世話を焼いている。
傷跡が残ったらどうするのだと言いたいところだが、今の自分には悠生に想いを伝えることが出来ない、それがただもどかしかった。


悠生が差し出した、白い皿に注がれた温い牛乳に鼻を近付けたら、甘い香りがした。
ペロペロと舌先で牛乳を舐める犬を、悠生は穏やかな表情で眺めていた。


「おまえ…僕が飼ってあげたいけど、みんな、許してくれるかな」


犬を飼えるかどうか真剣に悩みながら、ふうと溜め息を漏らした悠生は、膝を曲げて縮こまって座っている。
小さな体がもっと小さく見えた。
…触れたい、抱き締めたいと素直に思う。
趙雲は包帯のせいで歩きにくい足を引きずり、悠生の傍へ近付いた。

すると悠生は柔らかく微笑み、趙雲を膝の上に座らせる。
すっかり心を許しているのだ。
趙雲本人が相手だったら、こうはいかなかっただろう。
心からの笑顔を見せてくれるまで、気の遠くなりそうな時間を費やしたのだから。


「おまえさ…僕の友達になってよ。だめ?」


寂しがり、は昔からのようだ。
子犬に話しかけてしまう、犬相手だからこそ、心の内を明かしているのだろうか。
趙雲はぺろ、と悠生の手を舐める。
この光景を自分の姿で想像すると滑稽である。
口付けとは程遠い仕草だが、悠生はくすぐったそうに笑った。


「名前、無いんでしょ?僕が付けてあげるよ!」


…運命を感じる、と言ったら笑われてしまうだろうか。
趙雲も悠生に"黄悠"と名を与えたが、まさか逆の立場になろうとは。
悠生は先ほどまで背負っていた黒い箱を開けると、中から一冊の本を取りだした。
その表紙には、角張った字体で【三国志演義】と書かれていたのだが…


「かっこいい名前が良いなあ。雲長とか、孔明とか…僕、大好きなんだよ」


三国、それは魏・呉・蜀を意味する。
阿斗が以前口にした、『悠生は子龍を知っていた』という言葉。
そして、悠生が語りし三国の物語…つまりこの書物には、三国の始まりから終焉までが綴られていて、未来の倭国の人々は、自由に書物を手にすることが出来るらしい。
人々の名や字だけではない、恐らく、国の歴史を…、どの国家が天下を統一するかなど、三国志を読破した悠生は全てを理解していながら、誰にも言えずに…苦しんでいたのだ。


 

[ 155/417 ]

[] []
[]
[栞を挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -