たったひとつの



それから間もなく、到着した悠生の住居はとても立派なもので、この国の価値観が分からない趙雲ではあるが、実は悠生は名家の子息なのでは、と勘ぐってしまうぐらいであった。
白い手拭いを敷いた正方形の枕に座らされ、何かを探しに部屋を出ていってしまう悠生の背をただ見送る。

一人残された趙雲は、ぼんやりと室内を見渡したが、どれも、用途の分からないものばかりである。
未だに信じられないような気持ちではあったが、時代は移り変わっていくものなのだと少なからず実感した。
そして、僅かに寂しさを覚えた。
趙雲達が生きた三国の歴史など、悠生から見たら、ちっぽけなものだったのだろうか。


(……あれは、)


趙雲は枕から降り、安全な道を探して進み、卓上に立てかけ置いてあった小さな絵を覗き込んだ。
景色をそのまま抜き取ったかのように、描かれていたものは、仲睦まじそうに寄り添う家族。
小さく微笑む悠生と、両親と思われる男女が並んでいる。
そして、悠生によく似た…満面の笑みを浮かべる少女が居た。

此方の世界にも、悠生には姉が居たのだ。
きっと、美雪とは違い、この娘は悠生と血の繋がりがある、実姉であろう。
では、何故?
どうして悠生は、千八百年も時を遡って来たのだろうか。
此処には彼を愛する家族が居て、幸せに暮らしていたはずなのに。


「あっ。駄目だよ、部屋が汚れるから」


悠生の困ったような声に、自分が泥と埃にまみれていたことにやっと気が付く。
犬の足跡で汚れた部屋を掃除するのは、どう考えても悠生ではないか。
言葉に出来ないので、困り果てた趙雲はくぅん…と鳴いてみせ、どうにか悠生に謝罪をしようと試みる。


「ああもう…可愛いから許してあげる。ほら、こっちおいでよ?」


そう言う貴方が可愛らしい、などと、今の趙雲には何も言葉に出来ない。
悠生は笑みを浮かべて子犬を抱きかかえると、まずは手拭いで体を綺麗にする。
治療用具が入っているらしい箱を探った悠生は、白い包帯を取り出していた。
凍みるから我慢してね、と言われてすぐ、薬を塗られたのか、傷口に燃えるような痛みが走る。
悠生は犬が暴れるものだと思っていたのか、意外な顔をしていたが、大人しくじっとしている犬を褒めるように頭を撫で、足にぐるぐると包帯を巻き付ける。


 

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