たったひとつの




空は、変わらずに青いようだ。
吸い込んだ空気が濁っているようにも感じたが、それよりも趙雲が気になったのは、己の身に起きた異変であった。


(なんと…!?これではまるで、犬のようではないか…)


両の手は茶色い毛に覆われ、その手で頬に触れたら、鼻や口の形も変わっていた。
耳にいたっては、垂れ下がっている。
声を出そうとしたが、どうにも上手くいかず、見知らぬ場所にひとり投げ出された趙雲は、途方に暮れるほか無かった。
悠生の世界を見せてやると、一方的に術を仕掛けたであろう左慈のことを思うが、このような姿では彼を捜しに行くのもままならない。

よたよたと慣れない四足歩行で前に進み、大理石とも違う地面に溜まった水たまりに顔を映すが、其処には確かに、薄汚れた子犬が居た。


(此処が…悠生殿の国…?)


三国の時代から千八百年後の倭国のことを、悠生は語ってくれた。
今、趙雲が目にしているこの世界こそが、悠生の本当の故郷。
当たり前だが、趙雲が見知った蜀の国の面影は全く無く、見るもの全てが新鮮であり、恐ろしく感じた。

水たまりの子犬を見詰めたまま動けずに居た趙雲だが、突然周囲に響き渡る爆音に、びくりと体を震わせる。
武器も持たず、鎧も身に付けていない。
今この状態で敵に奇襲されたら、ひとたまりもないだろう。
物凄い速さで目前に迫る何かを避けるため、趙雲は慌てて地を蹴った。

しかし、犬の体は思うように動かない。
前足、左手に当たるのだろうか、体重がかかったせいで悪い方向に曲がってしまった。
背後を走り去る何かが突風を巻き起こし、趙雲は壁に頭から激突してしまう。
無様にも程があるだろうと、趙雲は先の見えない不安に狼狽するばかりであった。
一方的に攻められ続け、ここまで傷だらけになったことは、過去一度も無い。

趙雲は痛みを堪え立ち上がろうとするが、傷付いた左手が邪魔をしてふらついてしまう。
よろめきながら一歩一歩、歩き出す。
すると再び、まだ距離はあったが、前方に先程と同じ爆音を放った物体を見つけ、趙雲は冷や汗を流した。
今は、走り出せない。
このままでは踏みつぶされてしまう。
だが、何処へ逃げればいいと言うのか。


(っ…まずい…!)


趙雲は目を閉じ、身を堅くして次の衝撃に耐えようとした。
あれに跳ね飛ばされたら命は無いと、強く、死を意識した。
どれほどの痛みを味わうかと思ったが、予想に反し、趙雲が苦痛を得ることはなかった。


 

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