弔いの幻想



「…ならば、辛かろう?」

「私だけが、苦しんでいるのではありません」

「星彩は…、泣かなかった。関平が殺され、それなのに涙を流さぬのだ。私は、悠生にも星彩にも、何もしてやれぬのか?」


悠生に出会うまで、阿斗は毎日のように星彩の後を追いかけ、見つめていた。
だから、彼女が関平を慕っていることなど最初から分かっていたのだ。
身分以外で、関平に勝るものがあるとは思っていなかったが、最後に星彩を手に入れるのは自分だと、根拠の無い自信を持っていた。

関平の不幸を知った星彩はその場に立ち尽くし、涙を流さずに泣いた。
阿斗は何も言うことが出来ずにいた。
震える背を、華奢な肩を、抱き締めることが出来なかった。


「子供であることが、許せぬよ」

「阿斗様…己を責めてはなりません。貴方様はこれから、大人になるのですから」

「だが、一人で年をとってもつまらないだろう?子龍、これが最後だ。悠生を愛しているのなら…連れ戻してくれ。さすれば、あやつを愛することを、許そう」


大人へ不信感を抱き、未来に絶望する。
これまで阿斗は、何度も裏切られ続けた。
心が折れてもおかしくはなかった。
辛うじて、阿斗の心の扉は開いている。
風が吹いたら閉じてしまいそうなほど、隙間は僅かなものだが、まだ、望みはあった。


「命に代えても」

「…必ずだ」

「御意」


様々な葛藤に揺れる、不安げな眼差しが一心に注がれる。
無言のまま、一人で邸に走っていってしまう阿斗の背を、趙雲は追わなかった。

悠生の仕業と疑われた城内での事件は、戦の敗北と関羽の死により、皆の記憶から追いやられたようである。
だがそれは、悠生の失踪をも忘れ去られたということ。
阿斗には偉そうなことを言っておきながら、趙雲は自分一人の力で何が出来るか、確かな答えを持っていなかった。
乱世に抗うことは許されず、趙雲も劉備の命に従い、いずれ戦地に赴くこととなるのだろう。

聡明な軍師である諸葛亮には、蜀の未来が見えているはずだ。
ゆえに、次の戦は、呉軍に勝利するための策ではなく、被害を最小限に押さえるための策を練ることになる。
趙雲ら五虎将は部隊の兵を纏め、いつでも出立出来るよう準備を進めなくてはならない。
悠生を捜索する余裕は、無い。


 

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