弔いの幻想



「村で静かに暮らしていた悠生殿を…城に連れ帰ることは、阿斗様のためになると思っていました。かつての私はその存在を、利用するつもりでいたのです」

「……、何が言いたい?」

「申し訳ありません。私は、過ちを侵しました」


阿斗は驚き、訝しげに趙雲を見上げる。
過ち、それが何を意味するか…阿斗が趙雲に言って聞かせたのだから、分からないはずがない。


「ふざけるな。悠生に、何をした」

「口付けを…、一度。お許しください。愛らしい悠生殿を前にし、情けなくも、理性を飛ばしてしまったのです」

「子龍…!私に黙って悠生にそのようなことを…っ…出来心などと口にすれば、許さぬぞ」


怒りを露わにする阿斗だが、趙雲は深く頭を下げ、精一杯の誠意を示そうとする。
まさか、出来心であるはずが無い。
誰よりも…愛おしく想っているのだから。
いつの間にか、趙雲の心は、十も年下の少年に…悠生に捕らわれていた。


「私は悠生殿を想っております。ゆえに愛する人の無事を、一刻も早く確かめたいと思うのです」

「そなた…!ま、待て。子龍は縁談を受けたのであろう?」

「いえ、まだ返事はしておりませんが…。このままでは、いつ悠生殿に更なる無礼を働くか分かりません。縁談を受けることで、悠生への想いを、紛らわせることが出来るだろうと…」


まるで言い訳をするかのような、こうも自信なさげな情けない姿を、勿論、阿斗には見せたことがない。
趙雲が密かに抱いていた想いを、嘘偽りなく告げられた阿斗は衝撃を受け、言葉が出ないようだった。
誰より悠生を知っているつもりでいたのだろうが、幼き日の命の恩人である趙雲が、親友を不埒な目で見ているとは、夢にも思わなかったはずだ。


「それは私が…星彩を想うような気持ちか?」

「いえ。きっと阿斗様がお思いになる以上に、貪欲で…生々しいものなのでしょう」


男が女を愛するのは、次代を担う嫡男を授かるためである。
だが、阿斗が星彩を慕う心は限り無く純粋だ。
それは、母を求める赤子の本能に近い。
初めての母となった孫尚香の代わりとして、星彩の中に新たな母の姿を見いだそうとしているかのようであった。
己の感情の真意に気付けず、阿斗は星彩への想いこそが、恋慕の情だと…愛だと信じている。
それでも、愛する人を妻にしたいという考え自体は、間違ってはいないだろう。

しかし、趙雲が悠生に抱いた想いは…、男女の間に生まれるものとは、意味合いが違ってくる。
当然だが、雄同士では子が成せない。
それでも趙雲は悠生を欲し、触れ合うことで得られる悦楽を共有したいと思ってしまっていた。

結果が残せぬ交わり。
世間的に見れば不要な感情であろう。
だが、趙雲は妻や子を得ることより、同性である悠生を愛する権利を欲した。



 

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