弔いの幻想



樊城での戦に敗れ、関羽が処断されたとの報が届けられたのは、悠生が成都から姿を消した翌日のことであった。
劉備は激しく憤り、諸葛亮や趙雲の言葉にも耳を貸さず、孫呉に復讐をするため、兵を挙げよとの一点張り。

城内には情報が錯綜し、混乱状態に陥る。
このような状態で孫呉に戦を仕掛けたところで、結果は容易に予測出来るのだ。
蜀を疲弊、衰退させるだけであるのに…義兄弟の無念を打ち晴らすべく、劉備は最も大事にしていた民の幸せを忘れ、蔑ろにしてしまった。


「どうする?我が父を見捨てるか、子龍」

「阿斗様……」


阿斗の邸に戻る途中、思わぬ問いを投げかけられ、趙雲は足を止めた。
かける言葉が見つからず、先を歩いていた小さな背を見つめる。
玉座で権力を盾に己の考えを貫き通そうとする劉備を目にした阿斗は、どこか悲しげな笑みを見せた。

悔しく、そして、やるせないのだろう。
悠生は無実の罪を被せられ、惨めな想いをさせられたと言うのに、身の潔白をはらすことも出来ないまま…行方知れずとなった。
しかし劉備は、悠生の失踪など無かったかのように、義兄弟のことで兵を動かし、意味の無い戦を起こそうとしている。
父の中では妻子よりも価値がある民や将兵、それよりも、優先すべきは義兄弟だというのか。
阿斗は劉備に失望し、大人への不信感も、最早取り返しのつかない域に達した。


「悠生が内政を乱し、災厄を残していったと見るか?それとも、あやつの存在が無くなったことで、蜀は衰退の危機に曝されたと取るか」

「そのような…、悠生殿が災いを招くような人物ではないと、皆、分かっているはずです」

「そうだ。悠生は疫病神などではない。私の…義兄弟だ」


家族よりも大事な義兄弟のためであれば、民を苦しめても許されるというのなら、阿斗は劉備と同じ道を選ぶだろう。
悠生を失う原因を作った兵や文官を一存で処断し、所在が分かるまで全兵力を捜索に費やすかもしれない。

だが、阿斗はまだ怒りに呑まれていない。
冷静に、落ち着いて考え、自分が今何をすればいいのかを考えている。


「黄皓が悠生と共に消えたと言ったな?あやつが傍に居るなら、何があろうとも悠生を死なせたりはせぬはずだ。私は黄皓の心を信じる。もう、他に信じられる者は居ない」

「阿斗様…、私が必ず、悠生殿を連れ戻してみせます。私とて義無き弔いの戦より、悠生殿の無事を確かめたいのです」

「子龍よ、そなたは父上の命に背くことは出来ぬはず。結果、悠生の捜索は後回しにされるのだ。私の願いなど、父上には届かぬ」


事実、その通りであろう。
趙雲の言葉はただの気休めであると見抜き、阿斗は突き返すかのように言い放つ。
劉備の私戦を終えてから悠生の捜索を始めることになれば、彼の生存は…僅かな希望も抱けない。
悠生は子供だ、そして少女のような顔立ちをしている…、すぐに殺されることは無くとも、死より過酷な想いをさせてしまうかもしれない。


 

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