君の声だけで



数日ぶりに顔を見せたら、子供達は待ちかねたと言わんばかりに笑顔を携えてまとわりついてきた。
こういう反応には慣れていないため、少しくすぐったい。
悠生は随分と昔から、人と触れ合うことが苦手だった。
今、子供達を押し退けようとは思わなかったのは、彼らが好意を抱いて向かってきていることが明らかだったからだ。


「お兄ちゃん、元気になったの?良かったね!」

「うん、もう大丈夫。心配かけたね」


…誰かに愛される必要なんて、無かった。
与えられる愛情は、咲良のものだけで十分だと思っていた。
だって、姉が自分を嫌うことは万が一にも有り得ない。
咲良の心を信じている悠生には、大きな自信があったのだ。


「今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」

「んー、どうしようねぇ」

「お姫様のお話が良い!」


そうせがまれても、すぐには物語が思い付かない。
と言うのも、悠生が用意していたお話は、すっかり話し尽くしてしまったのだった。
音楽が好きだった咲良に聞かされた海外の物語…オペラやミュージカルの恋愛物を話したって良いのだが、童話に比べて堅苦しく、悠生自身、あまり興味を抱いていなかったものを、彼らに受け入れてもらえるかが分からなかった。
いつもハッピーエンドに終わっていたが、たまには、悲恋も良いかもしれない。


「昔々、あるところに可愛くて気だての良い、皆に愛されるお姫様がいました。この物語の主人公は、蝶姫様」


子供達の興味を引くために、分かり易く、多少誇張して話すが、悠生は相変わらずの棒読みであった。
主人公の説明、状況を語ると、子供達は全てを素直に受け止めて、可哀想…と呟く。


「海の向こうからやって来た大国の王子様が、蝶姫様の可愛らしさに一目惚れをし、自分の妻にすることに決めました。でも王子様は、蝶姫様を正室に迎える気はなく、自国に帰るまでの短い間だけ傍に置いておく、愛妾のつもりでした。そんなことを知るはずがない蝶姫様は、王子様を愛して、献身的に尽くしました」


大事な部分のみを語る、あらすじを纏めただけの悠生の物語だが、想像力が豊かな子供達には、余計な解説は必要ない。
声に覇気が無く、よく言葉を噛む悠生に語り部がつとまるのは、聞き手が純粋な村の子だからだろう。
悠生自身、少しでも反論されたらやる気を失い、話が半端なところでも投げ出してしまうはずだ。
もしも、この間の、口の達者な少年が聞き手だったとしたら…と思うと、いろいろな意味でやりにくそうである。

以前、咲良が語ったこの話の続きはこうだ。
ある日、王子様が母国へと帰還することになった。
蝶姫と彼の間には男子が生まれたが、王子様はきっと迎えにくると約束し、蝶姫と息子を残し、一人で帰国してしまう。

時は過ぎ、王子は蝶姫の元へと帰ってくるが、彼は自国で出会った新しい妻を隣に引き連れていた。
さらに、蝶姫の息子を引き取り、自分達の手で育てたいと望んだ。

蝶姫は絶望した。
いつの日か夫と息子と三人で幸せに暮らせることを信じ、祈るように王子を待っていた健気な娘は、最悪の形で裏切られてしまった。


「その王子は阿呆だな!私ならば、二人共に幸せにしてあげただろうに」

「えっ、ちょ、何で君が…」

「腰抜けだ。悠生よ、そなたもそうは思わぬか?」


いつの間に現れたのか、いったいどこから話を聞いてきたのか。
そもそもあなた自身がアホの語源ではないのか。
やけに自信ありげに断言した阿斗様、その人は悠生の隣にどんっと腰を下ろした。

何となく嫌な予感がして、恐る恐る振り返れば、護衛として着いて来たのか、趙雲(無双の姿そのもので心臓が止まりそうになる)が軽く頭を下げた。




 

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