壊れた指輪



『悠生殿』


雨音の狭間に聞こえたそれは、やはり、空耳では無かった。
周囲を見渡しても木々に阻まれ人間の姿は見えないのに、その声は直接脳内に響くのだ。
矢を放った人物も何処かに身を隠しているのに、この優しい声の人はどこに居るのだろう。
雨に邪魔されて曖昧だった声色が、徐々にはっきりと耳に届けられる。
そして…声の主に気が付いたとき、悠生は息が止まりそうになった。


「関平…?関平どの!?」

『悠生殿……』

「やっぱり関平どのだ…、でも、どうして…?も、もしかして此処は、樊城…!?」


黄皓と共に投げ捨てられたこの場所が、戦場の真っ只中だとしたら。
関平の声が…、この曇り空よりもっと高い、天の向こうから聞こえてくるのだとしたら。
それはどうしても、受け入れたくない事実であった。
悠生は噛みきってしまいそうなほど強く深く、唇に歯を立てる。
弱々しく空を睨みつけて、遠くに行ってしまった友人に、悲痛な声をぶつけた。


「嘘つき…帰ってくるって約束したのに…!」


口の中にじわりと血の味が広がった。
雨音に負けないようにと大声を出したら喉や胃が痛み、嘔吐しそうになる。

こうなることは、分かっていたはずだった。
だが、もしかしたら悲しい未来は見なくて済むかもしれないと、甘い考えを抱いていたのだ。
そんな都合の良いことが、起こる訳がなかったのに。
祈りを込めて貸してあげた指輪のお守りも、意味が無かった。

関平が…死んでしまった。
史実通りに、首を跳ねられて。
それだけは避けなければと思っていたのに、関平は、星彩と劉禅を残して先に逝ってしまったのだ。


『拙者が…守るゆえ…』

「え……?」

『指輪の代わりに…拙者が、悠生殿を…』


何処にも、関平の姿は見えない。
だが、ふわりとしたものに包まれた。
凄く心地よくて、悠生は黄皓に体重を預け、目を閉じてしまう。
まるで関平が、すぐ傍に居るかのように…不思議なあたたかさを感じるのだ。


『拙者が…お傍に…』


緑色の光が、広がる。
それは…懐かしい翡翠の色と同じものだった。
樊城に散った多くの将兵の魂が集う。
美雪の指輪、関平の言葉に導かれて。

このような状況でも悠生の意識は微睡むように遠退き、誘われるまま眠りに落ちた。
マサムネが敵を警戒して、一度も耳にしたことのない声で威嚇していたが、落ち着かせるために撫でてあげることも出来なかった。



END

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