壊れた指輪



「阿斗様のご意志とは言え、孫夫人を連れ出した罪は重い…ゆえに私は、もっと早く死んでも不思議ではなかったのです。これだけ生き長らえたのですから、十分でしょう…」


そんなことはない、と悠生は首を横に振った。
もっと阿斗と一緒にいたいんじゃないの?
三国志の黄皓は悪人と言われるが、今此処に居る、悠生の知る黄皓は、阿斗を一途に慕う真っ直ぐな人なのに。


「…どうか、生きてください。私の代わりに、阿斗様の国を…」

「そんなこと…!黄皓どの、もう喋らないで!」

「ふ…、どうも、分かりかねます…これでは…私のこと…を……」


光が灯らない、虚ろな黄皓の瞳。
するっ、と黄皓の手が滑り落ちた。
こんな、あめのせいで。
彼は愛する太陽を見ぬまま、目を閉じた。


「だって…黄皓どのは、友達なんだよ…」


最後まで紡がれなかった言葉だが、悠生の耳には届いていた。
幸せそうに、笑っているから良かった。

悠生が黄皓に出会い、抱いた最初の印象は、本当に最悪なものだったのだ。
阿斗を取り合って喧嘩をして、黄皓とは歳が離れているけど、感覚的には仲の悪いクラスメートか、先輩のように思えた。
このまま、彼の小さな優しさを知らなければ、大嫌いなままでいられたのに。


「黄皓どのの…バカ…」


これでは、私のことを好いてくださったようですね、と。

悠生に好意を抱かれること自体が意外だと、黄皓は最後に、言い残したのだ。
…何も分かってくれない黄皓は、嫌いだ。
だが、地図を書き微笑んだ黄皓が、好きだったのは確かだ。


「なに…?やめてよ、マサムネ…」


黄皓を見下ろし呆然としていた悠生に、マサムネが急かすようにして鼻を何度も頬に押し付けてくる。
早く移動しよう、と言っているのだ。
このまま此処に居ては悠生も凍死する。
それでは、悠生が生き延びることを望んだ黄皓に失礼だろうと、黒い瞳が切々と訴えかけている。


「生きろって言われても、ひとりで頑張ろうって思えるほど強くないんだ」


美雪が死んだときも、自らの意思では一歩も動くことが出来なかった。
こうして、目の前に大事な人が居るのに、置き去りにして自分だけ助かれと言うのか?
そんなことをするぐらいなら、このまま雨に打たれ続けていた方が良い。
黄皓だけに寒い思いをさせたくなかった。


 

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