壊れた指輪
「黄皓どの…教えてください。僕、どうしたら良いですか?」
「どうにもこうにも…馬に乗ってお一人で逃げてくださいとしか」
「そんなこと言わないで!黄皓どの、もう一回マサムネに乗れませんか?此処に居たら…寒くて、凍えてしまいます」
悠生は直接的な言い方は避けつつも、必死に訴えかけたが、力無く首を横に振った黄皓は、脱力したように微笑んだ。
無理だ、と笑うのだ。
どうにもならないという現実を知りたくなくて、悠生は唇を噛み締める。
瀕死の黄皓を置いて、一人で逃げるなんて、間違っても実行出来るはずがない。
「不思議としか、言いようがありませんよね…貴方はいったい、何を背負わされているのやら…」
唇を青く変色させ、黄皓はガチガチと歯を鳴らしていた。
喋るのさえ辛いようだが、止めても無駄だろう、彼は懸命に、言葉を伝えようとしていた。
…正式な命が下された訳でもなく、文官達に勝手に連れ出されてしまった悠生を追いかけてきた黄皓だが、彼は聞き分けの無い文官に怒りが込み上げ、悠生をそっちのけで厩舎の前で口論をした。
話が終わるのを待ちながら、マサムネの鬣を撫でていた悠生だが、異変が起きたのはその時である。
「無数の玉を、見たような気がします…その中の一つが、私の腹を貫通して…」
「玉…?」
「大丈夫ですよ、去勢の痛みに比べれば、これぐらい…」
黄皓は泣き出しそうな悠生を安心させようと、わざと軽傷のように言っているのだ。
しかし、痛みは感じられなくても想像は出来る。
悠生は力無く投げ出されてた黄皓の冷たい手を握ったが、やはり彼は、笑っていた。
言葉も無く、黄皓はゆっくりと手を伸ばすと、そっと悠生の頬に触れた。
恐ろしく冷たい手のひらだが、雨に打たれて冷えただけでは、こうはならない。
もう…、血が通っていないから、これほど冷たいのだ。
「その後、闇に飲み込まれた馬と悠生殿を見て、私はどうにか貴方の手を掴むことに成功しました」
「黄皓どの…ありがとうございます…僕、ひとりだったら、きっと…」
「いいえ。私は悠生殿のために命を張った訳ではありませんよ。分かっているでしょう?貴方に何かあったら、阿斗様が悲しまれる…」
聞き慣れた彼の皮肉も、今はただ悲しい。
黄皓は切なげに笑み、泣くなとでも言うように、涙を拭う仕草をする。
雨も涙も区別出来ないが、黄皓はひたすら悠生の目元に指を這わせた。
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