灰色に薄れ行く



「貴方は…阿斗様に出会わなければ、あの村で一生を終えるつもりだったのだろう?」

「……はい」

「ならば、嫌いになる理由など無いよ。むしろ、こうして私に話してくれて…嬉しく思う」


嬉しい…と、趙雲の本音を耳にした悠生は目を見開き、そして…ふわっと微笑んだ。
その笑みのなんと、可愛らしいことか。
くらくらと、目眩がしそうだった。
今までに見た、どんな笑顔とも違う…、彼が愛しいのだと、趙雲ははっきりと自覚した。


「でも、今は、阿斗と一緒に居たいんです。僕には阿斗だけだから…他には何も、要りません」

「…ああ。必ず。私を信じて、待っていてほしい。阿斗様には貴方が必要なのだ」


今にも溢れ出しそうな想いを押し込め、趙雲は愛しげに悠生を見詰めた。
この子供は、誰より一途なのだ。
趙雲が恋慕の情を抱いていることに気付かないぐらい、純粋に阿斗を想っている。


「あ!あの…それと…、黄忠どのが、僕のこと、養子にしてくださるって。ちゃんと、家族になってくれるって…嬉しかったんです。だから、趙雲どの…僕に名前を付けてくれませんか?」

「私が?良いのかい?」


小さく頷く悠生に、良い意味で驚いた。
つい先程まで、涙しながら死を考えていた子供が、生きていくために必要な名を欲しているのだ。
そのようなお願いならば、いくらでも、喜んで聞き入れよう。


「では…"悠"と。黄悠と。悠久や悠遠と言った言葉が、貴方にはよく似合う。私は、良き名だと思うのだが…どうだろうか」

「こうゆう…かあ。それが、僕の名前…」


悠生が左慈に、悠久と呼ばれていたことを思い出したのだ。
悠久…、悠かなるもの。
その存在が、この蜀の国にとって永遠であるように。


「ありがとうございます…凄く、気に入りました!でも、まだ内緒にしてくださいね。一番最初に、阿斗に教えたいんです」

「ふ…そうだな。貴方自身の口から告げると良い」


阿斗以外には感情が乏しかった悠生だが、今は勿体無いほどの笑みを見せてくれる。
初めて、悠生の心に触れることが出来た気がした。
いつの日か、ずっと貴方を慕っていたのだと打ち明ける時までは、阿斗のために、悠生の笑顔を守ろう。

…そう誓いし瞬間から、僅か数刻後。
誰もが予想だにしなかった事件が起こる。
やっと、悠生が心の壁を壊し、気を許してくれたと言うのに。
手を振って見送ってくれた悠生を黄忠の邸に残してきた、その事が、趙雲に長らく苦痛を強いることとなるのだ。


 

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