揺られて眠れ
築き上げてきたものなど、呆気なく、簡単に壊れてしまうものだ。
つい最近まで、互いのあたたかさを感じる距離に居たはずなのに。
「死にたいと…本気で思っているのかい?貴方を殺すことなど容易い。その矢をわざわざ首に突き立てなくとも、私の片手だけで息の根を止めることだって出来るのだから」
「殺して…くれますか?僕は…趙雲どのに殺されるんだったら、きっと、後悔はしません」
「……、」
趙雲の声色からは感情が読み取れない。
その切なげな眼差しの意味も、分からない。
優しげで、それでいて恐ろしさも感じた。
悠生はぼんやりと趙雲を見つめていたが、彼の手が首筋に触れて、その冷たさにびくりと震えてしまう。
動脈をなぞるようにして這う指先がくすぐったく、これから首を絞められるとは思えないような、戯れだった。
「貴方を傷付けるなど…私には無理な相談だな」
「え…っ」
ふわっと、あたたかさに包み込まれる。
趙雲は逞しい腕を悠生の背に回し、すっぽりと抱き込んだ。
服を涙で濡らしても、趙雲は気にするそぶりも見せない。
きついぐらいの抱擁に、もっともっと熱い涙がこぼれ落ちた。
「守ると、言っただろう?いくら懇願されても、聞けないな。貴方を殺すなど、私には荷が重い」
「でも、趙雲どのっ…僕はっ…僕は…」
趙雲…、長坂の英雄として名を馳せた彼を、悠生は尊敬し、強い憧れを抱いていた。
彼はこれからも、劉備と蜀のために尽くし、乱世を戦い抜いていくのだろう。
でも…自分は、この世界に適応出来ているのかも不明なままだ。
阿斗の背が伸びて、少しずつ大人になっていくのを、目の当たりにしているのに。
(こんなに迷惑をかけても、僕を守ってくれる…そう、言ってくれるんだ…)
悠生は思わず趙雲の服にしがみつくが、吐き出した息も震えてしまい、上手く言葉が出てこない。
だが、趙雲にこれほど気にかけてもらえても…心の隅に残る不安が消えない。
確かな言葉が…あと一つ、欲しいのだ。
全てを受け入れて、それでも此処にいて良いよって、言ってくれたら。
「だが、本気で殺してほしいと言うなら、その唇を塞いで窒息死させてやろう。勿論、私の口で」
「う……、」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、言葉通りに想像してしまい、背筋が冷たくなる。
キスで殺される…そんなの、悪い冗談だ。
かつて一度だけ、触れた唇のあたたかさや柔らかさを思いだし、悠生は恥ずかしくなって身を固くした。
「くく…、貴方は可愛い人だな」
「…そんなこと…言わないでください…」
「すまない、だが、本当にそう思ったのだ」
悠生は顔を赤くして反論するが、怒りで頬を染めている訳ではない。
…彼の優しさに触れ、もっと泣いてしまいそうになるぐらい、嬉しかった。
ゲームでしか知らなかった趙雲の本当を、少しずつ知っていく。
ほっ、と心があたたかくなる。
喜びとも、満足感とも違う…この気持ちは、何と形容すれば良いのか。
(誰よりも格好よくて…優しくて、でも、ちょっと変な人)
にやけてしまった顔を見られないように、趙雲の胸に額を押しつけて、悠生は微笑んだ。
趙雲の匂いをいっぱい吸い込んで、ぬくもりも、鼓動の音までも、忘れないように。
END
[ 136/417 ][←] [→]
[戻]
[栞を挟む]