己が家を嫌う



「出来ることは沢山あった方が、将来的に役に立つと思います」

「それぞれ中途半端になり兼ねないと思いますがね。そうならないよう、学問はしっかりお教えしますよ」


黄皓は意地悪を言っている訳ではなく、阿斗のため…即ち悠生のためになることを、考えてくれている。
彼のはっきりした性格はいっそ清々しく、ある種の羨ましさ、憧れに似たものまで抱かせた。
何より、誰より阿斗を慕っていた黄皓の中に、悠生への敵意という感情が無くなったことが、嬉しかった。


「…そのような目で見つめないでください。全く、貴方は私に何を求めていらっしゃるのか…」


などと愚痴を呟きながら、「これ以上、趙雲殿に目を付けられては…」とぶつぶつと呟く黄皓に、意味を解せなかった悠生は首を傾げるが、黄皓が部屋に入るよう促すので、急いで弓を片付けた。


勉強をするとは言ったが、黄皓は学問とは関係ない話ばかりを、悠生に聞かせた。
その多くはやはり阿斗のことで、離れて暮らすようになってから、阿斗は悠生のことばかり口にしているのだと言う。
「悠生に会いたい」から始まり、「悠生が居らぬとつまらぬ」と言っては勉学にも手がつかず、女官達を困らせていると。
趙雲が直々に悠生の様子を見に来れなかったのは、我が儘王子に戻ってしまった阿斗の傍から離れることが出来なかったからだろう。

阿斗の素直な気持ちは嬉しいが…、これでは、阿斗の評判が悪くなってしまう。
悠生が居なければ…心を乱し、暗君への道を突き進む…
言いようの無い不安に襲われ、俯いた悠生に追い打ちをかけるようにして、黄皓は予想だにしなかった問いを投げ掛ける。


「ところで、悠生殿の姓は何とおっしゃるのですか?」

「せい?姓名…?」

「ええ。常々気になってはいたのです。それに貴方の名は、幼名や字にしては少々違和感が…」


触れられたくなかったことを指摘され、悠生は困惑をありありと顔に出してしまう。
確かに悠生は偽名を使ったことなどなく、今も本名を名乗り続けている。
それでいて、これまで疑問を持たれない方がおかしかったのだ。

少しの沈黙の後、苦し紛れの言い訳に、悠生は美雪の姓・楊を名乗ろうかと思ったが、ばたん!と扉の開けられる音に驚き、言葉を呑み込む。
入り口の傍で、此方を見ていたのは…この邸の主・黄忠だった。


「これは黄忠殿、お邪魔しておりました」

「構わんが、おぬし、悠生殿の姓が知りたいんじゃて?」


丁寧に挨拶をする黄皓と、びくびくしながら様子をうかがう悠生を交互に見た黄忠は、白い髭を撫でながら、思いも寄らぬことを口にした。


 

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