己が家を嫌う



"老黄忠"とは、現代において、老いてますます盛んな人のことを指す言葉である。

五虎将軍の一人、黄忠は三国一と言っても過言では無いほどの弓の名手だ。
まさか、彼に師事出来るなどと夢にも思わなかったが、その厳しい指導は、常日頃から室内に引きこもりがちだった悠生には到底、耐えられそうになかった。


(つ、疲れた…)


額に汗を滲ませた悠生は、息を乱しながら、その場に座り込んでしまった。
弓を握る手が、少し痺れている。
へとへとになるまで矢を射続けた悠生は既に限界だと言うのに、それまで鬼のように容赦なく指南をしていた黄忠は、上半身裸になって乾布摩擦を始めた。
隆々な肉体は、老いを全く感じさせず、とても美しいものに見える。

まだ目も覚めやらぬ早朝に、無理矢理叩き起こされた悠生は、やる気満々な黄忠にしごかれることとなった。
中学でも、部活は選ぶまでもなく帰宅部であった悠生にとって、慣れない運動を頑張るのは相当に辛いのだ。
筋肉痛に悩まされていた悠生は足腰の痛みを訴え、泣き言を口にしながらも、何十本と矢を放った。
どれだけ繰り返して練習しても、ただ一本の矢も目標には届かず…、人並みに上達するのかも疑わしいほどである。
悠生が黄忠に解放されたのは、女官が朝食の準備が出来たことを告げた時だった。


(朝ご飯か…あんまり食べたくないな…)


食が細く、更には低血圧気味である悠生は、日頃から朝食をとるのが苦手であった。
しかし、阿斗と一緒に食べる朝食は、何でも美味しく感じられたのだ。
…一抹の虚しさを覚え、悠生は汗を拭うことも忘れ、深く溜め息を漏らした。


「若者が溜め息なんぞつくでない!悠生殿、腹が減っているのじゃろう?鍛錬の後の腹ごしらえは最高じゃぞ!」


黄忠は大口を開けて笑い、ふらふらになった悠生を引っ張って邸に戻る。
…この人が一緒なら、一時の寂しさは紛れそうだ。
疲れきった悠生は、食事をしながらうたた寝してしまい、黄忠に「たるんどる!」と一喝されることになるのだが。


黄忠は兵の訓練や、執務をこなし、定期的に軍議にも参加しなければならない。
悠生だけに構っている時間は無い、だから早朝に指南をしてくれたのだ。
趙雲も日々忙しそうにしていたが、それでも僅かな時間を見つけては、目をかけてくれていたのだと…、悠生は今頃になって実感した。


(僕が頑張れば…黄忠どのが喜んでくれるし…弓が上手く扱えるようになったら、次に会ったとき、阿斗も驚くよね)


悠生は黄忠の邸内にある弓道場で、一人で弓の練習をしていた。
近くの部屋には女官が控えているし、邸の入り口には見張りも立っているから、侵入者と出くわすことは無い。

自主的に練習をしようと弓を持ったのは良いが、集中力が長くは続かず、床に寝転がってぼうっと天井を眺めていた。
散らばった矢を拾い集めるのも億劫である。
せめて真っ直ぐ矢が飛んでくれたら、やる気も出るのだが、どうしても上手くいかないのだ。


 

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