悲嘆の雲



「身元の知れない悠生殿ことを私はずっと気にしておりました。そして、阿斗様とのお話の中で、一つの仮定を導き出すことが出来たのです」

「仮定とは?諸葛亮殿であっても、結論は見いだせないと仰るのでしょうか」

「恐れながら…悠生殿については、私も確かなことは口に出来ません」


もし悠生が異端な者であれば、我々が知り得ない術を駆使し、将兵の暗殺も簡単に出来るのかもしれない
星彩は、そのことを心配していたのだ。
得体の知れない存在を近付けるべきではない、というのが諸葛亮の本音なのだろう。
不安要素は早くに取り除かねばならない。
だが、悠生がそれに該当するかと言われて、趙雲は黙ってなどいられなかった。


「子龍…私は…夢を見た。詳しくは分からないが、悠生はそなたの名を呼んでいた。恐らく、私は悠生の過去を夢に見たのだと思う。悠生もまた、私の過去を夢に見たと言うのだから」

「悠生殿が、私を知っていた…?」

「子龍…だがな、この世の生まれで無くとも悠生は私の友だ。私の大事な悠生が、人を殺められるはずがない!」


阿斗の叫びは悲痛なものであった。
悠生を失うことを恐れ、何があっても、趙雲だけには信じてほしいと、阿斗の瞳は切なる想いを訴えている。

元来、夢とは、占い師達にとっては重要な判断材料になるものだ。
諸葛亮は阿斗が見た夢を重要視し、何も語らず秘密に固められている悠生を、最終的に"今は危険"な存在であると判断したのだろう。


(だが、星彩も、左慈殿も気付いていたのに…私だけが、何も…)


悠生が、普通では無い存在だと…、趙雲は考えたこともなかったのだ。

悔しくないと言ったら嘘になる。
阿斗ほどではないが、悠生との距離は近かったはずなのだ。
目を閉じても、些細な表情の変化が思い描けるぐらいに、あの可愛らしい子供を見ていた。

それが、どうして気付けなかった。
これ以上、彼の心を傷つけまいと気を使っていたのだが、今となれば…もう少し踏み込んでも良かったのではないかとも思う。


「実際に手をくだしていないとしても、今回の件が、悠生殿と無関係であるとは思えません。彼は必ず、蜀を脅かす存在となります。早くに対処をすべきかと…」

「お言葉ですが、諸葛亮殿。劉備殿は悠生殿を蜀の希望として期待しておられます。彼が阿斗様に与えたものは大きい。お分かりでしょう?」

「与えられたものが大きければ、失うものも大きい。…では趙雲殿、貴方にお任せしましょう。悠生殿の正体を突き止めてください」


 

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