悲嘆の雲



悠生を城に招いたことを、後悔している訳ではない。
彼ほどに、阿斗が心を許せる人間など、他には存在しなかった。
阿斗の将来のため、蜀の未来のためにも、良いことだと思っていたのに。

現に、うつけのふりをし皆を困らせていた阿斗は、悠生を傍に置きたい一心で本来の才を発揮し、真面目に勉学に取り組むようになったのだ。
阿斗の、悠生への寵愛は周りからみても微笑ましいもので、二人は共に成長し、蜀を支えてくれるものだと期待していた。


(私の期待が、裏目に出てしまったのか…?)


趙雲は日に日に、焦り始めていた。
今すぐ悠生を連れてこなければうつけに戻ってやる、と言い残した阿斗は、自室の扉に錠を付け引きこもっていたのだ。
扉を無理にぶち破ることは容易なのだが、それではさらに阿斗の不信感を煽ってしまうだろう。

誰より大事にしていた悠生と引き離された阿斗は、再び自分の殻に籠もるようになってしまい、趙雲の言葉にも耳を貸さない。
しかし、星彩だけは部屋に足を踏み入れることを許されている。
まるで悠生の代わり、とでもいうように、彼女を四六時中傍に置いているのだ。


(阿斗様……)


城内で事件が起きてから、数日が過ぎた。
黄忠の邸で保護されている悠生には何も知らされていないだろうが、趙雲が騒ぎを鎮めるために奔走したと言うのに、状況は未だ変わらない。
彼を隔離すると決断したのが諸葛亮でなければ、誰も、悠生が最も疑わしい人物なのだと、思い込まなかったはずだ。

皆が影で悠生を悪く言ったり、噂話を聞く度に、趙雲は不甲斐ない想いをするのだった。
悠生は何もしていないのに。
縮こまって震えてしまうような子供に、何が出来ると言うのだろうか。
これでは、彼を阿斗の傍に戻すことは、限りなく難しくなる。


(やはり、諸葛亮殿に話をしに行くべきか。かくなる上には、劉備殿に…お言葉を戴ければ…)


何にせよ、このままではいけない。
氷のような阿斗の心を溶かしてくれた悠生が、罪人扱いされるなど…趙雲には耐えられなかった。

阿斗の邸の入り口付近で立ち止まり、これからのことについて考え込んでいた趙雲だが、後方に人の気配を感じ、振り返った。
其処に立っていたのはなんと、阿斗に付き添っていたはずの星彩で…、趙雲は驚きを隠せずにいた。


「星彩!?君は、阿斗様と一緒に居たのでは…」

「はい。先程、諸葛亮殿の執務室までお送りしました。話を付けてくると…」

「諸葛亮殿だって…?」


諸葛亮は阿斗の傍から悠生を引き離すことを決めた、張本人である。
大人の強引な対応に怒り、憤っていた阿斗が、ただ文句を言いに行っただけだとは考えられない。
悪い予感がし、一刻の猶予も無いと判断した趙雲は、星彩に声もかけずに駆け出そうとしたのだが、


「悠生殿は、私たちの知らぬ術を身に付けているのかもしれません」

「星彩?」

「いえ…悠生殿自身、気付いていないのだと思います。ですが、もしかしたら阿斗様は…ご存知でいらっしゃったのでは…」


 

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