意地悪な隔たり



(此処は…、誰の部屋?)


うっすらと目を開けた悠生は、見知らぬ天井に違和感を覚えながら、もぞもぞと起き上がった。
眠る前のことを思い出そうとするが、寝起きのためか頭が働かない。
動く気になれずぼうっとしていると、いきなり扉が開けられ…思い切りびっくりしてしまう。


「おお!ようやく目を覚ましたか!」

「……え?黄忠どの?」


しゃがれた大声が浴びせられ、悠生は目を丸くしてその人を凝視する。
蜀の老将、黄忠…彼は結構なお年のはずなのだが、こうして見ると、若者よりも元気かもしれない。


「あの、僕…どうして…」

「楽にせい。賊が現れたことは知っておろう?わしは諸葛亮からおぬしの保護を頼まれたんじゃ!」

「賊……、あっ!」


ようやく、思い出した。
…血の匂いと、赤にまみれた人の姿を。
殺戮の現場を目の当たりにした悠生は、せり上がってくる気持ち悪さと恐怖に耐えきれず、意識を飛ばしてしまったのだ。

とても、恐ろしかった。
戦場でも無い、安全と思われた城の中で人間が無惨にも殺されたのだから。
悠生は反射的に唇を噛みそうになったが、歯を食いしばって耐えた。
阿斗だって、怖かっただろうに…必死になって励まし、抱き締めてくれたことも、ちゃんと思い出すことが出来た。


「阿斗さまはどうなりましたか?ひとりなら、心配です…」

「趙雲が居るじゃろ。安全が確認出来るまで、暫しおぬしはわしと共に暮らすことになるが、良いな?」

「……はい」


悠生は肩を落とし、力無く返事をする。
犯人が捕まるまでは仕方がないのだろう。
いくら趙雲でも、子供二人を守りながら戦うことは出来ない。
もしもの時を考えれば、弱い者は別々の場所で、強い人に守られているべきなのだ。

阿斗に会えないのは、寂しいけれど。
我が儘は皆を困らせるだけだから、我慢しなければ。


「しっかし、細いのう…ほんに女子では無いのか?」

「ぼ、僕はおなごじゃありません!」

「男ならば男らしく振る舞わんか!わしが直々に、おぬしの本質を見極めてやろう」


え、と聞き返す前に、悠生は黄忠にぐいぐいと手を引っ張られていた。
いったい何をされるのか分からず、悠生はただただ困惑するばかりだった。


黄忠に引きずられて連れてこられたのは、どうやら弓道場のようである。
名門高校に存在するような立派な道場だが、運動が苦手な悠生には縁も無ければ興味も無い。

悠生を弓道場に押し込んだ黄忠は、どこからか大きな弓を持ち出してきた。
これが、神弓とも呼ばれる彼の武器。
古ぼけた弓は一見すれば頼りなく見えるが、黄忠が戦場で長年使い込んだものなのだ。
きっと黄忠の放つ矢は、綺麗に弧を描いて、遠くまで飛んでいくのだろう。


 

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